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続 壺中天・瓢箪仙人 1
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続 壺中天・瓢箪仙人 1



 世の中には人智では説明の付かないことが起こる。科学では説明の付かない不可解な現象が起こる。人間はそうしたものにも関わりつつ、人生を経験して行く。老いるとは、そう言う中に朽ちる現象をいう。
 したがって老いは、その表皮だけを判断しても、その実態は掴めない。深い深層部に現象の種子がある。
 近年は高齢者に対し、愚にも付かない“健康寿命”などという言葉が持て囃
(はや)されている。長生きが可能になった現代人に、煽動の才能を持つ業界人がジジ・ババに仕掛けた流行語である。思えば、無責任な言葉である。

 そもそも現代人に健康なる人間が、果たして存在するのか。病んでいない人間は居るのか。
 特に霊的に憑衣されていない人間が居るのか。
 肉体上の表皮は健康のように見えても、深部は病んでいる。その病は現代流のメイク法で、巧妙に装っても、心の中まで装えない。化粧で誤摩化したり、自称“矯正食品”などで繕
(つくろ)い仰せるものでない。
 もし、これらが可能とするならば、それは極めて不自然な偽装である。そういう偽装には徹頭徹尾、欺瞞
(ぎまん)が付き纏う。人為偽装は、そもそも不自然なのである。

 老いは、過去を幾重にも重層的に堆積させた現象であり、同時にそこには、時を重ねた素顔が、その深層部に横たわっている。その深層部を分析してみれば、現在、表に見えるものと、過去に見えていた裏の部分とは奇妙に交叉
(こうさ)しているのである。
 それはあたかも、現在のアスファルトの道路を、十年前、二十年前と遡
(さかのぼ)って掘り起こし、更に三十年前、四十年前と遡って、半世紀前ほどを遡れば、掘り起こしの後には、今にはない過去が顕われて来る。
 それは人間の表皮を覆う、肌の皮下部も同じではないのか。

 老いを重ねた老人でも、十年前には今より若い皮膚があり貌があった。
 また二十年前に遡れば、更に若い皮膚や貌が埋蔵されているだろう。それが三十年となり、四十年となれば青年期の貌となり、半世紀も遡れば少年期に、更に遡れば幼少年期の貌が顕われるだろう。
 老いとはこうした、厖大な堆積を積み重ねて来た皺
(しわ)の中に真の素顔が秘められている。厖大な過去が、そこにある。
 その過去には若気に至りもあり、あるいは喧嘩っ早い、血湧き、肉躍る勇み肌が埋没されているかも知れない。あるいは内気な、純情な、若い頃の恥じらう貌が埋もれているかも知れない。
 その埋もれた中に、その青少年期の妙な懐かしさと、郷愁を呼び起こす何かが埋もれているかも知れない。
 その懐かしさを訪ねて歩けば、そこには不思議な愉しさまで埋もれているかも知れない。追懐を巡らすことも悪くない。




この物語は遭遇した体験談をもとに前回の『瓢箪仙人』の続編として、平成3年末から翌年の愛知県に転居した豊橋時代、更には後に滋賀県に転居した大津時代ことを小説風にした物語である。
 




第四章 現代の牡丹燈籠







●適意

 習志野公園のことである。
 老人は忽然
(こつぜん)と顕われたような感じだった。それを感じて、私は一瞬、茫然自失(ぼうぜん‐じしつ)に囚われた。落葉しぐれの中に在(あ)ったように思う。
 落葉がはらはらと降る現象には、何か懐かしさと哀愁が漂うものである。遠い日の想い出だろうか。あるいは切ない思いだろうか。そういうものが、懐かしい郷愁を誘うことがある。
 人間の記憶の中には「懐かしい脳」というものが、深層心理の中に横たわっている。そこに琴線が秘めたものに触れると、今まで忘れていたものを思い出すようである。
 しぐれたような姿は、徐々に輪郭
(りんかく)を顕し、やがて鮮明さを増した。徐々に克明な輪郭となった。
 よく晴れた日であったが、まるで秋の霧の中から忽然と顕われたような感じだった。降る木の葉に紛れ、風に乗って遣って来た仙人のようであった。仙人然とした老人の姿だった。綻
(ほころ)んだ顔は、かの老人だった。
 「とうとう関わってしまいましたな」
 これまでは笑顔をだったが、貌が急に厳しいものに変化した。
 老人は私の心を読んだのである。此れまでの経緯を一瞬にして察したのである。何もかも、みな読んだのだろう。この程度の読心術はお手の物だろう。これくらいの名人になると、人間の貌から「今」を読む。眼力の凄さだ。
 「はあ……」
 あたかも空気が抜けた風船のように、銷沈気味な返事した。拙
(まず)いことをしたと言う後悔に似たものがあった。安請け合いが否めない。
 「もう後戻り出来ますまい」同情気味い言う。
 「猟られましたから……」
 言い訳がましく、虚しく響いた。
 ここまで関わってしまった以上、己
(や)むを得ないという気持ちであった。そう答える以外ない。しかし関わってしまった事自体に、言葉では説明の付かないものがあった。果たしてその関わりに、軽率があったのだろうか。私は、これを「流れ」と呼びたい。
 人は「流れ」に中に呑み込まれると、自分ではどうしようもないくらい自制が効かなくなる。コントロール不能となる。「流れ」に呑まれたからだ。
 もしかすると、この「流れ」の中に因縁があるのかも知れない。因縁が誘ったのかも知れない。何かの縁
(えにし)の意味が含まれているのであろう。此処まで来れば果たさねばなるまい。ただそれだけだった。

 「充分に注意なされ、ご油断召さるな。蠱
(こ)には気を付けた方が宜(よろ)しかろう……」
 “蠱”とは蠱物
(まじもの)だ。人を惑わすものだ。ゆえに人に災難が及ぶ。
 これは魅入られたということだろうか。あるいは蠱惑されたということなのだろうか。“蠱”に魅せられたのだ。この魅せる鬼を「鬼魅
(きみ)」という。この世にはこういう鬼が居る。怒り狂う夜叉で人を害する。
 ならば、これに“お智慧拝借”とはいかないものだろうか。何かが、一気に畳み掛けて来た。私に畳み掛けて来た。
 そこには霊的に関わった「何か」があったように思う。「何か」に、油断してはならないのである。
 隙を作った以上、遣ったことは注意を払わねばならぬ。ゆめゆめ有頂天に舞い上がって、油断し、「油を断たれてはならない」のである。油断禁物である。

 この言葉には、霊的な話を好んでする人や、怪談話、更にはホラー物などを好む人などに、よく耳打ちされる忠告である。こういうことを面白半分に興味本位の趣味人は、この忠告を“何と大袈裟な……”などと、一笑に付すことが多いようだが、過ちを指摘する心尽くしを甘く検
(み)てはならない。
 警戒し、殊勝な気持ちで、心して懸からねば殆
(あや)うい。魂を鬼に持って行かれる。ついには神(しん)を冒される。面白半分の関わって、不治の疾病(しっぺい)に罹ることがある。神を冒されるとは、そういうことだ。
 心して、忠告を安易に聞き流してはなるまい。冒される前に「何か」を読むことが肝心なのである。
 物事を深く考えない時代、現代人は「読む」ことが不得意になってしまった。立場や位置が把握出来ず、周囲に振り回される現象は、読みが出来なくなったためである。読んでも浅くなってしまったからだ。
 先の見えないこの時代は、人生の道案内が必要となったのである。

 「お心遣い有り難う御座います。畏
(おそ)れるべきは畏れ、身を慎んで気を引き締めます」
 この場合の“引き締め”は、単に気持ちの引き締めなどという甘いものでない。覚悟の上のことである。魂を持って行かれるのである。それを覚悟の“引き締め”だった。敗れればそれまでだ。
 引き締めて事に当たる。それを事上磨錬と捉える。悪くはない。
 精一杯やって、それで敗れれば、それも悪くない。鬼魅に、わが身を啖
(く)われてやろう。
 だが、その鍛練を通じて、その途中で朽ち果てる恐れもある。それは覚悟の上だ。
 朽ち果てる運命ならば、朽ち果てようと思っていた。それも悪くない。人生には肚を決める覚悟を求められる局面がある。
 人の人生は、いつどこでポッキリと折れてしまうかも知れない。途中で心が骨折する落し穴が、前途に待ち構えている。人智では予測不可能だ。一寸先の闇は見えないと相場が決まっている。
 闇に包まれた先は見えなくなってしまっている。何かの加護が失われてしなっている。無事に突き進むことが出来るか否か、それは運だろう。

 「人間は、既に神離れしてしまいました。なぜ離れたかご存知でしょうか」老人は問うた。
 「神なしでやって行けると自惚れたからでしょう。それは各地に残る、祭祀を行う行事からも明らかになります」
 「そうですなァ……。数々の祭祀が、結局そのように離れる元凶を作ってしまったようじゃな」
 これまで鎮まっていた荒ぶる神の眠りを、礼儀知らずの人間が、揺り起こしてしまったからだ。
 「しかし、離れたと言っても、神を捨てた訳でないと思いますが……」細やかな反論であった。
 「神離れした人間は自らの独断と偏見で、その後、幼稚な祭祀を執り行い、その中に占うことを神意と思い込むようになってしまいました。お分りか」
 「浅はかなことです、人間とは……」
 「そう、浅はか。人間が余りにも幼稚で、度を超した思い上がりは、やがて墓穴を掘る因縁を招くやも知れませんぞ」
 「それは畏れを知らぬ故でしょう」
 「その通り……。
 何故なら、人間と神との離脱は未だに平行線のままで、もう決して交わることはありますまい。畏
(おそ)れ多いことです。これは中途半端な神離れが、やがて種々の凶事を招く未来を招来致したようじゃ。根元には墜落した無自覚が横たわっているからです。それは神意に触れることなく、また一片の記憶も残さないほど、離れ、墜落したことで明白でしょう。そこでです……」
 新たな提案か、気付かない見落としたことにアドバイスをくれるのだろうか。
 この言葉を解釈すれば《中途半端が一番いけない》ということだろう。
 「なにか?……」思わず身を乗り出した。次の言葉を俟った。
 「既に神は疾
(と)っくに人間離れしております。ところが、人間は神離れしたと言いながら、この神離れは不自然ではありますまいか。何故なら、人間の神離れは、実際には神離れするどころか、神を畸形(きけい)に歪(ゆが)めてしまった。神の畸形なる偶像を拝み、有り難がり、そこに願を懸ける。その結果、不自然な神を現世に降ろしてしまった。これが、本当の神から遠ざかる元凶を招いてしまったのです。人間の都合に合わせた、神の摺(す)り替えです。殆(あや)ういと言えましょう」
 人間が、神
(しん)を冒されたことを言っているのである。
 「錯誤の結果からですね」必死でなにかヒントを掴もうとした。
 「そうです、わたしの忠告は此処に回帰します。宜しいかな、充分に注意なされ。ゆめゆめご油断なされるな」
 「はあ、心致します」
 「命を削るような愚は、くれぐれもなされてはなりますまい。既に怪しい気配が漂っておりますぞ、ご貴殿の周囲には……」
 これは監視の眼を指したのだろうか。監視の眼が私の周りにうろついているのだろう。老人の顕われ方も、それを懸念して、一等高度な隠行の術を遣っているのかも知れなかった。

 「それは妖気が漂っているということでしょうか?」
 私は“監視”を、そう問うた。
 「昨今では、科学的云々が持て囃されております故、一笑に付して鼻先で嗤
(わら)う輩(やから)が殖えて参りましたが、陽気はそういう人間の齎す嗤いの中にも含まれておりますぞ。慎みを忘れた嗤いですぞ」
 ヒントだろうか。
 そして言葉を繋いだ。
 「思い上がった嗤いです。憚
(はばか)ることを知らぬ嗤いです。それが妖気の元凶を招いたのです……」意味深長だった。即座に反芻してみる。
 「お訪ね致します。私はなぜ選ばれてしまったのでしょうか。なぜ猟られたのでしょう?……」
 「それは、ご貴殿には免疫が出来ているからです。あるとき魂を覚醒された。これまで多くの地獄をその眼で検
(み)てきて、その恐ろしさを経験し、それが並みの人間には耐えられない免疫を齎したのです。しかしですぞ……」《それが殆(あや)うい》と言いたそうだった。
 「何でしょうか」
 「蠱物
(まじもの)は草木の眠る、丑三つ時に徘徊(はいかい)しますぞ、安易に聴いてはなりますまい。この物怪(もののけ)に蠱惑(こわく)されてはなりますまい。怕(こわ)きに心を惑わされ魅入られてはなりますまい。充分に礼を尽くされよ。ご貴殿は些かの霊耳と、それに霊鼻が覚醒しつつある。やがて香りを嗅ぐそれが目を醒ましましょう……」
 こういう現象を「鼻が起きつつある」という。
 物の怪
(もののけ)は丑三つ時に徘徊すると言う。魑魅魍魎(ちみ‐もうりょう)が、このときばかりと、湧き出ると言う。
 「しかし私は無力です。この無力な私をどうして猟ったのでしょう?」
 「ご貴殿は魂を覚醒されつつある。そこに眼をつけられた。無力な者でも、性根の欠ける者でも、用とあらば藁
(わら)をも掴む思いで必死に掴む。ご貴殿は掴まれたのじゃ。そして、ひとたび掴まれた以上、応えるのがご貴殿の『義』で御座いましょう。果たさねばなりますまい。既に義によって助太刀しておられる。違いますかな?」見透かすように言った。
 「はあ、ご明察」これ以上返す言葉がない。その通りである。義によって助太刀申した。

 「だが、宜しいかな。人は時として取り返しのつかないことを仕出かすものです。それを遣ってもなりますまいし、また他にさせてもなりますまい。奮励すべきは勿論なれど、何処に向かうか顧慮
(こりょ)なされて、神との擦れ違いの茶番を招いてはなりませんぞ。そしてです、まだご貴殿は、いま何も見えてもおらぬし、聴こえてもおりますまい。そこで助言を一言……」
 「なんなりと……」
 「ご貴殿特有の、武運を鍛練なされ」
 「えッ!武運をですか?……」
 《一体そんなもの鍛練出来るのですか》と訊きたかった。

 こう聴いて、私は江戸中期の儒学者の室鳩巣
(むろ‐きゅうそう)の『駿台雑話』に出て来る「武運の稽古」の大事を思い出した。
 日常が非日常に変化した時、本当に役立つのは体力ではなく、体質の善し悪しで決定されるとする鳩巣の説は実におもしろい。霊肉ともに鍛錬し鍛える中には、ただ躰と心を鍛えればそれで済むというものではない。
 つまり体質の善し悪しの有無を言う。体質が悪ければ、例えば伝染病の流行域に入ってしまっては忽
(たちま)ち死んでしまうからだ。生き残って、自らを活かし、かつ他を活かすためには「武運長久」でなければならず、「武運」がなければ生き残れない。肉体を鍛えるばかりでなく、武運の鍛錬もしなければならない。
 この当時の、江戸期の武士たちは、武運の稽古の大事を知っていた。

 『駿台雑話』には、次のようなことが書かれている。
 鳩巣先生は、江戸の旗本や御家人の師弟で構成される若侍が集まって、何やら修養の話をしているところに出くわした。最初、鳩巣先生は黙って彼等の話を聴いていた。
 ところが、鳩巣先生は何を思ったのか、突然次のようなことを言った。
 「諸君らは、日々武術の鍛錬をしていることと思う。まことに結構なことじゃ。だが、幾ら武術の技に優れているとはいっても、武運が拙
(つたな)くては何もならぬ。ところで、諸君は武運の稽古はしておられるか」と言い放ち、これを聴いた一同は唖然(あぜん)となり、これまで勢いよく、それぞれに意見を交わしていた若侍たちは急に黙ってしまった。
 そこで鳩巣先生は、再び切り出した。
 「武運を養う稽古こそが、此処で私が聖人の書を講ずる所以である。武運は徳の現れである。聖人の書に説かれているのは、徳を積む修練法が書かれているのだ」そう指摘したのである。

 蘊蓄
(うんちく)の深いものは、表皮の解釈では分からないと言っている。奥の奥を汲み取るには、根底に潜む人智を超えた教えを学ばねばならないと言っているのである。
 この場合、鍛錬術は深いものと浅いものがあるが、肉体に潜むものも深い浅いがある。
 肉体的で浅いものは表面の体力だが、深いものは「体質」であろう。体力は肉の眼で確認出来るが、体質は肉の眼では確認出来ない。表皮の肩で風切る猛々しいだけでは中身が疑われよう。愚である。
 体力の有無は骨格造りの構成で表面から見て取れるが、体質の有無は表面だけを観察しても内部は見抜けない。況
(ま)して、心に連動する徳などは、肉の眼の観察で殆ど見えない。
 要約すれば、技に走る者は体力主義。一方、徳を重んずる者は体質主義……。
 さて、徳はどちらに軍配が上がるだろうか。
 体力の有無は眼に見えるが、体質の有無は殆ど肉の眼には映らない。内側のものだ。
 更に武運となると、全く見えない。人間の備わっている運など見えない。
 人に備わった徳が、一瞥で理解出来ないように、武運は時の勝敗を決めるようなものである。武に纏
(まつわ)る運がいつまで続くかは、その長久は、第三者の肉の眼には映らない。徳も同じだ。
 しかし徳は姿に顕われる。その人の行動に顕われる。行いを見て徳の有無が分る。武運もそれと同じだ。
 それを示唆して老人は「ご貴殿特有の、武運を鍛練なされ」と言ったのである。なるほどと思う。

 これは日頃の行動や行為の中に隠されているからである。
 その人が何のために動き、どのような行為をしているかで決定される。そしてそれが、同時に体質の善し悪しを決定しているのである。
 体質造りも「徳の現れ」であるから、徳があれば武人としての修行をして、硬い板張りの上で硬枕
こうちん/筆者は最初、中国の骨董に出て来る陶器の枕を遣っていたが、後に半円の木の枕を遣う)を遣って体質造りを行うであろうし、徳がなければ、単に不徳というだけではなく、不徳を働いていることも気付かないまま、西洋式の柔らかいベットか、ふかふか蒲団で寝て、脊髄を狂わし、老後は畸形なる肉体を引き摺って半病人で生きていくことになろう。これでは長生きしたところで、寝たっきり老人の余生と、何ら代わりはあるまい。
 “愚行は避けるべし”と云いたい。
 これでは徳も武運も失われる。日本人は日本の気候風土に併せた生活に戻るべきである。

 そして「聴く耳持たぬ」となれば、その人は、武人として失格であろう。聴く耳もたぬ者は徳がない。徳の無い者には、本気で、下駄を預ける気持ちにならない。近い将来、必ずしくじるからである。
 人間は最初、その人が下駄を預けられるかどうか、人相から、それを窺
(うかが)う。人相から窺うものは、その人の持つ「徳性」である。善人であるかかどいうかでなく、また善悪に関係なく、安心して下駄を預けられるかどうか?……の徳性である。
 徳性を備えている人は武運があるからだ。窮地に陥っても悪運が強いから、最悪の事態も後きるのである。
 最悪の事態を乗り切る悪運こそ、それを人生勝負の武運と言ってよいだろう。徳の為
(な)す業(わざ)である。
 一方、徳の無い人はどうなるか。

 世間では「徳」に対して“不徳”ということばがあるが、これは“徳がない”という意味ではない。不徳も徳のうちである。徳の性質が違うだけである。
 また、物事が念願通りに運ばなかった場合、「不徳の致すところ……」などというが、それは徳がなかったり、道徳心が欠けていたから、事の成就がならなかったのではなく、要するに「運」がなかったのである。決して不徳の致すところでない。武運の稽古を怠ったからである。
 武運を鍛えるには、素人のスポーツ・マニアのような“愛好者”では、どうにもならないのである。拙いレベルでは、運は開けまい。
 武運が拙い……。
 拙い運では、どうにもならない。人を引き寄せる吸引力がない。求心力がない。流れに乗じて勢いを得られない。何故ならば、武運がないからだ。運に恵まれないからだ。
 それは、そもそも普段から徳を積む稽古をしていないからだ。
 人には「生まれ」があるように、徳も日常行動や行為の中に、積み上げていく様々な要素が潜んでいる。その一つ一つの積み上げが、また長い目で見て、「武運長久」の基礎となる。
 武運がある者は、同時に勢いがあり、勢いに乗じることを知っている。そのコントロールも上手い。波を巧みに操る。

 「先ずは武運!運が伴っていないと、自力努力だけではどうしようもありません」
 「武運を鍛練……ですか?……」自信無気に返答した。
 「宜しいかな、ご貴殿は悪運が強い」
 《悪運とはこれ如何に……》思わず苦笑したくなった。
 では老人は何を以て、悪運が強いと言われるのだろうか。
 知人から、よく「悪運が強い」などといわれる。私の悪運強い毒性が、奇妙な何かを齎すのだろうか。
 また、私を知る人から「あんたは善人などであろう筈がなく、一種の狂人だ。だからこそ、それが鬼神
(きじん)も避けた。毒性を持つ人の特徴のようだ……」などと会合の席などでは揶揄(やゆ)されることがある。
 要するに「大した悪党だ」と言う風にも聴こえる。それを私は否定しない。

 私自身、河井継之助が指摘するように、“沈香も焚かず屁も放らず”のエエカッコシーの人間でないことを百も承知している。私自身、決して人気取りで、目立ちたがり屋の八方美人でない。そういう生き方を好まぬ。不恰好でいいと思っている。
 エエカッコシーでは、武運長久が望めないからだ。「ここぞ」というときにしくじる。
 勝負は九分九厘決まっていても、最後の最後で“どんでん返し”がある。これが怕
(こわ)い。

 「悪運でしょうか?……」
 「そこで、ですぞ……。武運は徳の顕われです。徳は有徳も陰徳も悪徳も綯
(な)い交ぜです。この清濁は、併せ呑んでいるのです。聖人の修行は、善悪を超越して最終的には徳を積む修養なのです」
 「そうすると、どうなるのでしょう?」
 「現世に心象化現象を起こします。人間は日常と非日常の狭間を生きておる。換言すれば、平和と戦乱の狭間を行き来していることです。僅かな安楽の狭間を平和と言う。平和は戦乱と戦乱の、ほんの隙間に垣間みられる安静状態です。しかしですぞ、こうした安静が長続きする訳がない。宜しいかな、今が、それですぞ」
 「すると、武運を練り、やはり義によって助太刀申すしかないようですね」
 「さよう。ゆえに武運を練る……。これこそ『義』の根本。
 さて、この世には信頼に足る確
(しっか)りとした物など殆どありますまい。何一つ存在しますまい。何を掴もうと、物は物。そしてそんな物を掴んだとしても、頼りにならぬ。それよりもです、運命の方が確かなのです。運命の方を掴むことが先決です。性命と、その背景にある原動力。
 さて、この原動力は如何なるものかご存知か」迫るように訊いた。
 「朧
(おぼろ)げながらに……」
 それは性命力を養う「食」のことを言っているのだろう。食物と性命、また根本の宇宙意識に繋がる生命力のことであり、つまり「玄気
(げんき)」のことを指している。
 縁があるから人間は食物を食べる。それを摂る。縁がある故、食物の方から寄って来る。ここを疑わないものを「運を信ずる」というのだろう。
 「運を信じなされ。ご貴殿の悪運の強さに凭
(もた)れなされ。それを信じることは己を信じること……」
 「では、運命を信ずるとは、一体どういうことでしょうか」
 「運に纏
(まつわ)る徳です」
 一切の徳の類
(たぐい)を指すのだろう。
 「人智に頼るなということでしょうか」
 「さよう。人智に惑わされてはなりませんぞ。困ったら己
(おの)が霊魂(たましい)に問いなされ、天はどちらか、地はどちらか、そして道に迷ったら鬼神に訊きなされ。進むべき方向は何れかと……。
 ゆめゆめ道の鬼神を疑ってはなりませんぞ。本当に何かを致すときは、それは運命と一枚岩になっておる。ゆえに本当に働く力を信じて疑わず、転んでも直ぐに起きなされ。その起きる力に、運命は手を貸し、応援してくれるのです」
 「では、困難にめげぬ力は如何なるものか、お示し下さい」
 「不屈の精神」
 「しかし、それだけでは分りかねます」
 「一足不去
(いっそく‐ふきょ)
 「それは一歩も後に退かぬということでしょうか」
 「さよう」

 私はそう断言されて、何か快い気分になった。気分はすっと軽くなり、いい心持ちになり、あたかも天にも上って行くようだった。何かに酔ったようだ。
 何処からともなく、いい匂いがして来たからである。「香」を焚
(たく)くようないい臭いである。
 そして夢想するのである。その臭いの中で夢想するのである。
 その夢想の中に声がした。誰かの聲
(こえ)がした。いったい誰だろう……。
 香りとともに聲が流れれてきた。その香りにうとうととする。微睡
(まどろ)むような感覚に襲われる。いい香りを嗅いだ時に訪れる現象である。

懐に入れて携帯する小香炉。この炉では、主にシソ科の多年草の麝香草を干したものを遣う。本質的には麝香嚢とは異なる。

 私は眠っているのか起きているのか分らない。起きているかも知れない。確かに覚醒していた。眼は醒めていた。ところが、何だか夢心地なのである。実に気持ちがいい。不思議な体験だった。
 それに何ともいい香りがする。実に「いい馨
(かお)り」だった。酔うような麝香のような……。現に、仙術では麝香(じゃこう)で暗示をかける方法がある。麝香はジャコウジカの麝香嚢(じゃこうのう)から抽出して製した黒褐色の粉末で、芳香が甚だ強く、薫物(たきもの)に用い、また薬料としても使う。仙道では早くからこれに注目し、盛んに遣われていた。
 その術がある。馨りで酔わせる術である。隠行とともに使われる術である。

ある聲 お前は自分の努力で運命を切り拓いたか。
私の心の聲 今、切り拓きつつあります、そのように思っております。
ある聲 そうだろうか。(疑わしいぞという言い方だった)
私の心の聲 私は生まれがよくありません。貧乏な家に生まれ、しかし全力を挙げて努力し、苦労を堪え忍び、努力に専念してまいりました。
ある聲 お前は、努力は実ると思っているのか。
私の心の聲 そう信じています。
ある聲 いいか、努力は実らないことを憶えておけ。努力は実らない。だが努力する他力の中に他力一乗が働く。生活の中において、様々な出来事は、お前の努力を不可能にするはずだ。
私の心の聲 では、他力一乗のみが努力の源泉と言われるのでしょうか。
ある聲 そうだ。運命の赦しなしに、一体どれほどのことが出来ると言えよう。生命の維持すら、運命の赦しから起こったものだ。生かされたのだ。天に生かされたのだ。努力する他力は、この中に在るのだ。
私の心の聲 では、運命の、天の許しで、私の生きる縁が出来ていると言うのでしょうか。
ある聲 その通りだ。困難にめげぬ力、疲れぬ力、こだわらぬ抜ける力は総て運命の智慧から出てものだ。それは、お前の肉体を通じて顕われる。お前の躰を通して現世に具現される。それは運命と言う因縁による。因縁を、また「巡り」という。
私の心の聲 生きるも死ぬも、因縁と言うのですか。それが善悪綯い交ぜで、巡るというのですか。
ある聲 そうだ。因縁は縁があれば、生きる運命を作るであろうが、縁がなければ死ぬ運命を作る。総てはお前の中に在る。裡にある。最初から備わってる。善も悪も綯い交ぜで。
私の心の聲 では運命とは何でしょうか。
ある聲 (おの)が運命を疑わず、運命を信ずることを言う。
私の心の聲 運命を信ずるとは?……。
ある聲 敵意、元と、勝負心無し……。
 花は自分で庭に作って楽しむ、慰める。此れ、悠々自適という。花は誰かに誇るために咲くのでもなく、その出来栄を競うために咲くのでもない。自らを娯
(たのし)めば足りる……。ゆめゆめ疑うことなかれ……。(聲は小さくなって行った)

 はッ?……として吾
(われ)に返った。もう老人の姿は消えていた。いい香りも消えていた。
 ふと気付くと、忽然と顕われた老人は、忽然と消え失
(う)せていた。もしこの種の『術』を請(こ)えるものなら、土下座してでも教えを乞いたいものである。
 果たして私は刹那
(せつな)の夢の中に、老人の幻を見たのだろうか。その刹那は短いようで、長いような時間を持たない刹那のようであった。現実とも夢とも分らぬ中で、辺りを振り返ったら、それらしい人は誰もいなかった。そして、この「ある聲」は、誰の聲だったのであろうかと思う。不思議なこともあるものだと思った。
 やはり、あの老人は仙人なのか。また、あたらな疑問が湧いた。
 では、老人は忽然と顕われ、姿を見せ、話し、聴き、その後、何処に消えたのであろうか。雲の彼方から顕われて、雲の彼方に去ったのだろうか。あるいは落葉しぐれの風に乗って忽然と遣って来て、風のように去ったのだろうか。
 想うに、これは『術』であろう。幻術の類であろう。
 あるいは隠行
(おんぎょう)の術なのであろうか。
 隠行の術は、真言の行者が用いる術とされ、自己の姿を隠して身を守るとされる呪法であり、摩利支天
(まりしてん)の印を結ぶ。

 更に不思議なのは、夢想の中で聲
(こえ)を聴いたことである。
 この聲は遠隔話術と言うもので、一時期、目標とする対象者を刹那に催眠状態にした後、その間、話しを交わすものとされる。覚醒状態に導いたまま、一点に神経を集中させる状況を作り出し、何者かが聲を届けるものとされる。隠行とともに高等な術とされる。
 また、隠行の術を挙げれば、この術は巫術
(ふじゅつ)の類(たぐい)に属し、例えば「壁抜け」などの高等技術である。これは実際に壁を抜けるというものでなく、一定の対象者を、一時的に目眩(め‐くら)まし、その間に術を用いる。つまり「抜ける術」なのである。

 抜ける術には大きく訳て二通りある。
 一つは幻術の一種であり、視覚に作用して忽然と姿を消す隠行の術で、もう一つは心的に、“こだわり”を捨て、心を悩まされない術である。例えば、柔術における「柔」である。
 柔とは何かと言うと「虚」のことで、また「影」のことである。わが流の「影を撃つ」というものにも通ずるものである。応じて、変化
(へんげ)するものである。
 これは「行き詰まらないための術」でもある。この術を「柔」という。

 「柔」は自由自在の意味で、自ずから自然に出て来るもので、自然に出るとは自分の意識、つまり「実」を介さないもので、その原点には自分の意志とは無関係な「因縁」によるものである。勝手に動くもので、因縁が作り出す奇手
(きて)である。ここに老荘の「虚の哲学」がある。この哲学は道教にも出て来る。
 これは自分の意志を遣わない、因縁による哲学であり、まさに道歌のいう「風なりに春は雨ふる柳かな」の柳に枝の意味で、柳に吹く風は東西南北いずれにも留まることなく、自由自在に吹き抜け、人智の意志とは無関係である。自在に吹き、自在に抜ける。
 つまり風が何れの方向に吹くか、それは人智が定めるものでなく天意によるものであり、天の働きによるものである。これを人間側から観測すれば、そのように動く、「因縁」と検
(み)ることが出来る。それに順応するものが、柳に吹いた風であり、ここでは「柳の柔」を顕している、風に吹かれて揺れ動く、柳の枝の動きこそ、実は「虚手(からて)」なのである。虚と柔は因果関係を持っている。
 また虚とは、柳の枝が折れることのない、行き詰まらないことを示した自然界からの教えであり、これは無尽蔵に出て来る蔵
(くら)、あるいは虚を介して会得しなければならない人生道の大事を説く。ここに柔は虚に回帰する。老子は虚の哲学とともに「柔の哲学」を説いている。老子が「柔」を重視する所以である。
 そして柔の哲学の中には、「捨身の心境」が説かれている。
 この教えを有機的に捉えるならば、まさに藕糸
(ぐうし)であり、有機生命体の中の巨大な輪の中で、一見一つ一つがバラバラに見えるものが、実は巨大な輪の中で眼に見えない関連をもって連鎖し、繋がっていることを物語っている。有機生命体の全実態である。

 人間は、何かを掴み、何かに縋
(すが)ろうとする弱味をもっている。
 それは「捨てきれない何か」があると言うことであり、人はこの「捨てきれない何か」に、常に心を煩
(わずら)わしている。そのために無駄な動きをする。力(りき)まないでいいのに、無駄な力を掛け、力を虚しく徒労させている。この徒労こそ、行き詰まる元凶であった。
 これはまた浄土信仰に繋がり、死した後、浄土の世界の西国に行き、愚かにも“阿弥陀如来の膝元で”などの妄想を抱いたりする。念仏宗に染まると、生きているうちは何にもいいことがなかったが、一度死ねば、極楽浄土に往生するという妄想を抱くことである。
 しかし、生きているうちに浄土を得ずして、死んで、何ゆえ浄土を得られることが出来ようか。生きている時にこそ、浄土は得ていなければならない。

 柔術の流派に「扱心流
(きゅうしん‐りゅう)」なる流派がある。
 この流派の祖は、永禄
(1558〜1570)年間、江州の犬上左近将監長勝が創始し、その子孫の犬上郡兵衛永保(1701〜1771)が起倒流に学んで江戸では中興として知られた。犬上流ともいう。長勝は「北面の武士」であった。この武士を「ほくめん」と呼ばず、「きたおもて」などと称した。
 そもそもの北面の意味は、古代中国で、「君主は南に面して座し、それに伺候する臣下は北に面した」ことから、臣下として君主に仕えることを意味するものだった。

 日本においては「北面の武士」とは、院の御所の北面
(きたおもて)にあって、院中を警護した武士のことである。官位により四位・五位の者を上北面、六位の者を下げ北面または北面の下臈(げろう)という。白河法皇の時に始まり、この士を北面の侍ともいう。
 長勝は父犬上兵庫助永継
(ながつぐ)から霊剣伝授を受け、同じ北面の士・速水長門守円心より円心流組打を学んで印可を受けた。その後、一流を興したのである。それが扱心流柔術であった。そして子の扱心斎永友に至り、完成をみたと言う。
 九州で広く行われ、柳川
(柳河)藩では「汲心流」とも書いた。その流名の由来は『扱心流本心之巻』に、「それ扱心は敵の気を扱うにあらず、敵対の上おのが気を自由自在に扱うを要す」とある。
 また越後村上藩士であった塚本藤馬は、犬上流の犬上郡兵衛永保
(ながもり)の門人で、汲心流を名乗るも、柔術と称せず、拳法と称した。
 藤馬の師匠・郡兵衛永保は彦根の人で、叔父の彦根藩士の棚橋五兵衛良貞に家伝の扱心流組打ろ柔術を学んだ。
 永保九年、京都に出て滝野遊軒に起倒流を学び、同年二十年、遊軒と共に江戸に下り、西窪天徳寺前
(『紀州柔話集』には下谷三筋町とある)に、共同で道場を開き、のち独立して麻布狸穴に道場を開いた。
 犬上郡兵衛永保は宝暦三年
(1754)六月に、有馬家に召し抱えられ、明和八年(1771)八月十六日に71歳で死去した。
 創作話の『有馬家猫騒動』では、猫退治のモデルになったのが、永保の養子だった郡兵衛永保昌
(もりまさ)である。

 さて、扱心流では組打や柔術において、腕でも足でも敵に取られたら、そのまましておき、遂に捨てるのである。そのうえで別の局面で勝機を掴むことを主眼とする流派である。失ったものは捨てる。この流派の特徴である。
 例えば、右手を敵に捕まれてしまうと、一般人の多くはそれを外したり抜こうとして抵抗する。抵抗し、下手に動いて抗
(あらが)えば抗うほど、抜けなくなるとの焦りが生じ、それだけに気が取られてしまい、そのため更に深みに嵌まって行く。そうなると、次に左手を取られ、足を払われ、倒され顛倒し、遂に全身を抑え込まれてしまう。

 こうした愚を、扱心流では戒めるのである。まず敵に右手を取られたらそれに無理に抗わず、そのままに放置する。つまり、そこを捨てるのである。その後、まだ残っている左手を使って、別の局面から敵に迫るのである。こうして徐々に敵を崩す機会を窺
(うかが)い、敵が攪乱(かくらん)されて動揺が起きたら、今まで取られていた右手をスルリと抜くのである。これを「抜き手」という。
 昨今、誤解されている抜き手は、“逆手”を抜き手と称するようだが、これは間違い甚だしきものである。逆手でなく、単なる曲がる方に曲げる“順手”なのである。だが、またこの順手とも、抜き手は違う。
 取られたら取り返そうとせずに、そのまま捨てる。取り返そうとすれば、気はその方向ばかりに向く。それが実は深みに嵌まる元兇だったのである。抜き手に添わないと、元兇が待ち構えている。危うしである。
 インドの猿の愚を考えれば、捨てると言うことが如何に大事か分かる筈である。ここに「虚」を窺う重要なチャンスが隠されているからである。危険回避の教えである。

 昔のインドでの猿の捕獲法に、金網籠
(かなあみ‐かご)の中に入れたバナナと、鳥黐(とりもち)を遣(つか)った方法があると言う。
 猟師は猿の通り道に、50cm四方の金網籠の中にバナナを入れて、獣道
(けもの‐みち)に仕掛けを置く。この籠(かご)には4〜5cm程の小さな穴が開いていて、猟師は此処からバナナを入れておくのである。金網籠なので、外から見ても籠の中にバナナのある事はよく分かるのである。それを、獣道に仕掛けるのである。
 獣道を遣って来た猿はまず、籠の中のバナナに気付く。バナナを見た猿は、どうしたらバナナが取れるか考え、やがて籠に小さな穴が開いている事に気付く。そしてバナナを取る為に、穴の中に手を突っ込み、バナナを掴むのであるが、バナナを掴めば自分の拳の太さとバナナそのものが邪魔して、籠から手を抜く事が出来ない。こうして猿は手を抜こうと七転八倒するのである。
 バナナを掴むのを止め、素手だけを籠の穴から抜き取ればいいのであるが、バナナを掴んだまま抜こうとするので、手は、どうしても籠の中から抜く事が出来ない。そして七転八倒している隙
(すき)に、猟師から、まんまと生け捕られると言うのだ。
 また、鳥黐で猿を捕獲する話もある。
 猿の通る獣道に鳥黐を仕掛ける。そこへ猿が通りかかって、それを見て「何だろう?」と思う。そして猿はそれを手で掴む。

 ところが鳥黐なので、手にくっつき、それを払い落とそうと、空いた片方の手で離そうとする。こうして益々、鳥黐は両手に粘着してしまう。更に、今度は足でこれを離そうとする。藻掻
(もが)けば藻掻く程、鳥黐は両手・両足にくっついて粘着し、猿はそれを離そうとして七転八倒する。そこへ、頃合い見計らって猟師が遣って来て、七転八倒している猿を難無く捕獲すると言うのである。焦って、抗ったわりには呆気ない最後だった。

 以上の話が本当かどうかは分からないが、これを考えれば、生きとし生けるものの性
(さが)が存在し、性なるが故に、持って生れた性格や宿命から逃れない一面があるようだ。
 しかしこれは猿の捕獲だけの話でない。そのまま人間世界にも通じ、人間狩りの捕獲するための投網は投げ掛けられる。金・物・色はその投網の最たるものでなかろうか。
 捕えられた結果を、どう判断するのか。
 そこに何らかの思念が働こう。
 捕えられれば惨めである。悲惨な状況が待っている。それは動物だけでなく、人間の場合も同じである。
 普通、そうした運命を悔やむ。
 その結果として、どういう意識が働くか。
 ただ、このように生け捕られる態
(さま)を、自分の「宿命」と、皮相的に捕らえれば、それまでのことである。しかし、人間はこれを「宿命だ」と決定付けるには、余りにも智慧(ちえ)が無さ過ぎよう。
 智慧を用いるなら、「虚空」になる。

 虚空とは、「カラになる」ことを言う。故に「カラ」は「虚」であり、これに「空」が付けば、「何もない空間」ということになる。何もない空間とは、捕われる事もなく、また捕らえようとする事もない。解放された自由な自分を言う。「カラ」だから抜ける。そこにこだわらないのである。
 また、一切の事物を包容して、その存在を妨げないことを言うのだ。したがって、それにこだわり、そこから「何とかしなければ」という焦りは、七転八起を繰り返すだけで、徒労努力の最たるものとなる。

 捨てれば楽になる……というヒントが、この中には隠されている。
 これを禅の世界では「放下著
(ほうげじゃく)」という。この世では、捨てて行く中に真理があると教える。
 何も持ってないことを放下著という。心に囚われの無い境地を意味するものである。
 私たちの人生にも、捨てれば随分楽になるものがある。肩書きも地位もそのようなものだ。名誉や財産や家族においても、一種の重荷になるものを担ぎ回ってあくせくとし、悩み苦しみ、迷っているのである。こうしたものを何も持っていない次元へと脱出を試みればいい。これを解脱
(げだつ)という。そしてそこに訪れたのが安住である。
 この安住は禅的な姿勢であるが、この禅的なものは、一方で老荘思想にも酷似する。禅も間接的には、老荘思想の影響を受けていることが分る。


 ─────ちなみに、隠行の術について、もう一つ付け加えるのなら、興味深い話の一つとして、元会津藩家老西郷頼母
(のちに保科近悳(ほしな‐ちかのり)と名乗る)が明治初期、日光東照宮で禰宜(ねぎ)をしている頃、ここに頼母の許に、直心影流の武田惣角が修行に来ていたと言う。
 この話は『柔道の鬼・西郷四郎』
(名倉潔著/信和出版。平成3年7月23日初版。ちなみに名倉潔氏は江戸時代から続く有名な名倉堂の接骨を医業とした天神真揚流柔術の流脈を継いでいる。平成3年当時、名倉氏は全国柔道整復師会会長を勤め、また名倉一族からは著名な外科医師を多く排出している)に紹介されている。そして頼母は惣角に柔術を指導し、他にも気合術、透視術、読心術、そして興味深いのは隠行の術を教えたと言う。
 かつて、わが道場に武田時宗先生が度々訪れたことがあったが、このときに「惣角が度々術として壁抜けをした」という話を聴いたことがある。

 此処で補足説明を加えるが、「わが道場に武田時宗先生が度々訪れた」とは、何も世間話をするために時宗先生は訪れたのではない。目的は「恭順」だった。この目的は大同団結の中に取り込む運動が当時展開されていたからである。当時、笹川良一氏の言に添い、時宗先生は全国を飛び回り、柔道と同じような組織体を作ろうとなされていた。「同質、同門だから一緒に遣りませんか」だった。
 しかし私と進龍一は、この言に恭順しなかった。熊本のNは自ら早々と九州総支部長を名乗って恭順していた。だが、私と進はこれに靡
(なび)かなかった。同質・同門とは思わなかったからである。恭順を拒んだ。
 以降、西郷派叩きが行われた。昔の資料
(その後の調査で時代とともに見解が変わっていく性質のものである)を持ち出して、あることないこと叩かれる。世間ではよくある捏造譚である。

 受け流せばいい。抗うは愚である。抜ければいい。ある人の教えである。
 その証拠に、叩かれた直後、また一方で、私の周りでは動きが活発になり始めていた。来訪者が急増したからである。西郷派詣が盛んになった。影の有力者、つまり「有徳の士」の動きが活発になる前兆であった。その当時の栃木の熊坂護氏
(柔道整復師、福島県会津出身)もそうだろう。後に白河市の福島県柔道整復師会の会長の渡辺益治先生とも面識が出来、渡辺先生の治療院にも度々訪れた。渡辺先生の家は、白川でも旧家で大変な豪農で、祖父に当たる人は白川から会津まで馬に乗って、惣角翁の許に直心影流(大東流の名乗らなかったことに注意)を習いに行っていたと言う。
 熊坂氏は栃木県で柔道整復師を生業としていた。その知人に江戸時代から続く天神真揚流柔術などで有名な名倉堂の名倉潔氏がいた。

 名倉潔著の『柔道の鬼・西郷四郎』の中で紹介されているのは、「日光東照宮の禰宜
(ねぎ)をしている保科近悳の許を訪ねた惣角は、師匠の近悳西郷頼母)とともに寝起きし早朝より、水汲みや庭掃除に風呂焚き洗濯の合間に日光二荒山に登り、近悳に蹤(つ)いて山坂を走り、断崖を藤ずるに捕まって登ったり降りたり、ほぼ近悳と同じく小柄な体を鍛えたが、時には遅れを取り、近悳の激しい叱咤を受け技に励んだが、その前後に武術修業に出て、小野派一刀流をはじめとして直心影流を学び、他の流派の拳法や投げ技等、一連の徒手空拳の武術家として他流試合をして腕を研いた」とある。
 その中でも興味深いのは、真言密教や道教を用いた隠行の術であった。そして惣角の凄いところは、名倉潔氏の話では、柔道の剛の者でも小柄な惣角には全く歯が立たなかったと言う。
 また名倉潔氏の紹介者は、かつて私を会津に招いた、わが流の協力者であった栃木県の熊坂護氏である。有徳に士である。


 ─────私は訳の分からぬ夢想の中に居た。
 夢心地で夢想しつつ、うつらうつらの気分の中で今、老人と話した会話は幻聴であったのであろうかと思い返す。この会話が何によって齎されたか、皆目検討がつかなかった。ただ風に乗ってやって来て、耳許
(みみもと)で囁(ささや)いたような感じを受けた。だが、錯覚だったかも知れない。その辺が釈然としなかった。
 まるで狐に摘まれたような錯覚に陥っていた。しかし、確かなアドバイスを頂いたのである。
 私は「そのお言葉、有難く頂戴致しました」と、何かに深々と頭を下げたのである。
 それに「いい馨
(かお)り」を嗅がせて頂いたお礼でもあった。
 一体誰に頭を下げたのだろう。もしや、老人が言った「道に迷ったら鬼神に訊きなされ」の、鬼神に頭を下げたのだろうか。
 しかし不思議な気分になっていた。実に自分の躰が軽いのである。浮遊しているようだった。空気に浮いているようだった。これを「大気に浮く」と言うのだろうか。
 願えば適
(かな)う。強く願えば心像化現象を招く。もう既に、その兆候が起こっているようだった。

 体質造りも「徳の現れ」という。体質の中に、あらゆる徳が顕われると言う。
 徳があれば武人としての働きが容易になる。徳がなければ、単に不徳を致すばかりであろうが、不徳を働いても、それに気付かないでは情けない。警戒して、聴く耳を持ちたいものである。風
(ふう)の囁きを聴きたいものである。秋(とき)を告げる風は、幽(かす)かな聲で、耳許に囁く。聞き逃しは避けたいものである。

 ある聲は、適意と言った。適意とは心に適
(かな)うことを言う。
 随意、心のまま、自適の心は、また「勝負の心、無し」である。
 他を凌
(しの)ごうとする貪欲を消滅させる。花は植え、作り、花を楽しめばいい。優しい心を指すのだろう。
 適意、おのずと勝負心
(しょうぶごころ)無し……。
 不戦。好きな言葉である。
 私の心の中に、風懐
(ふうかい)を楽しむ老荘的な思考が浮かび上がっていた。



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