運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
陽明学的な生き方の模索 1
陽明学的な生き方の模索 2
陽明学的な生き方の模索 3
陽明学的な生き方の模索 4
陽明学的な生き方の模索 5
陽明学的な生き方の模索 6
陽明学的な生き方の模索 7
陽明学的な生き方の模索 8
陽明学的な生き方の模索 9
陽明学的な生き方の模索 10
陽明学的な生き方の模索 11
陽明学的な生き方の模索 12
陽明学的な生き方の模索 13
陽明学的な生き方の模索 14
陽明学的な生き方の模索 15
陽明学的な生き方の模索 16
陽明学的な生き方の模索 17
陽明学的な生き方の模索 18
陽明学的な生き方の模索 19
陽明学的な生き方の模索 20
home > 陽明学的な生き方の模索 > 陽明学的な生き方の模索 1
陽明学的な生き方の模索 1

陽明学的な生き方の模索






人間は緊張する時間帯と、そうでないときがある。緊張時には緊張度を高め、胃に軋轢が懸かるほど緊張し、生理的にも過酷を強いられる時間帯がある。
 その一方で、ふと気が抜ける時間帯がある。緊張を忘れる時間帯である。
 心は常に時間とともに上下し、緊張と言う名の下に生理的に過酷を強いられ、かつ忘れる時間帯があるようだ。
 この辺が、人間の不思議なる時間の空白と言うものであろうか。

 しかし、考えればこの空白は、「弛緩
(しかん)」という時間であり、不意は空白を狙ってやってくる。
 不意を突かれるなどがそれである。
 弛緩が起こる場合、人間社会と言う共同体の中では、共同体間で伝染するようである。
 例えば、奇なる「弛緩伝染」と言うような現象が起こるのである。同地域の同一場所で、生活様式を同じ形態にして住んでいる住人間では、生活のリズムが似てくる。同じような単調な生活リズムになり易い。

 こういう共同体社会では、警鐘一つにしても、誰かが積極的に、強烈な言葉を用いて警鐘を発しない限り、実際に危険が迫っているとしても、誰も気付かないのである。
 現代の世は、この状況に似ているのではないか。

 誰かが、切なる思いで警鐘を発しても、それは取り越し苦労であると嘲笑する。警鐘や警告は無に帰することが多い。
 気の所為
(せい)だと一蹴されてしまう。荒唐無稽の戯れ言だとされてしまう。誰も本気にしない。
 いつものことが、いつものように、単調に、平凡に過ぎて行く。そう、看做してしまう。
 ところが、実はこの単調なる平和なる平凡なる連続の中に、思わぬ禍
(わざわい)が紛れ込んでいることがある。

 智者はそのことをよく知っている。
 かつて、『八門遁甲』を巧みに遣う術者が居た。その術者は、平和なる平凡なる単調な日々の中に、幾多の禍が紛れ込んで「風
(ふう)に乗る」ことを熟知していた。

 清濁は併
(あ)せ呑むのが、この世に常であり、善も悪もない綯(な)い交ぜ世界こそが「現世」なのである。
 現世の実体を能
(よ)く知る者が、術者であり、更に、孔子と同系列の民族が生きていた古代中国では『易経』の原形となって、種々の教訓と格言を残し、これが現代では抽象的な、如何様にも採(と)れる解釈自由の「言」として伝えられている。あたかも『孫子の兵法』の如きである。この兵法も、解釈は実に難しい。

 では、何処が難しいのか。
 例えば、白昼では人中を歩き回っていて、また群集中を彷徨していて、殆ど気付かないものがある。
 白昼堂々を人目に晒しているのに、人の中にあってはそれが気付かないのである。そういう、奇なる姿形をしているのに、これを視ている者は、その姿形が奇なる事に気付かない。世の中にはそういうものが多々存在する。
 日々目にしているものなのに、それが「奇」なることに気付かないのである。それは、見逃しと言うものではなく、常に視ているが「奇」であることに気付かないのである。
 「奇」であるのに、どうして気付かないのか。

 これこそ、奇の奇なる所以である。見逃され易い存在である。
 同時に、その存在は肉の眼に常々確認できていながら、隠れた部分を有しており、眼に見えない部分が隠されているからである。この隠された部分にこそ、体系的と自称する存在とは異なるのである。
 異なるがゆえに特殊な伝承法をもつ。異ではあるが、異であることに気付かせない。「コロンブスの卵」のような存在である。

 こうした有機的伝承法を巧みにして、如何様にも取れるメッセージは、実は『陽明学』の中にも多々あるのである。
 此処では、『陽明学生活篇』として、現代版流に生きることの方法として、その模索を探ってみた。



●悪しき個人主義

 現代の世は一見平和に見えて、実は混沌とした世の中である。
 日本一国だけを見ていれば、この国は未
(いま)だに平和ボケに固執し、平和・平和……のシュプレヒコールで世界は平和に保たれていると思い込んでいるようだが、現実にはそうでない。日本人の思い込みに過ぎない。
 したがって、この世の中を「どう生きて行くか」となると釈然として来ない実情が次々に噴出してくる。

 思い込みの平和。
 それは一国平和主義に他ならなかった。
 この思い込み平和が、それとは裏腹に混沌とした世界情勢を作り出している。
 しかし、大部分の日本国民は、世界情勢や世界動向とは無関係に、現状の生活に一応の満足感を得て、自らは「中流の上意識」を抱いたまま一国平和主義と言う不安定要素の中に胡座
(あぐら)をかいて生きているように思える。

 したがって、「国難が来る」とか、「国家的存亡の危機が迫っている」と言うことに対しては、殆どの人が耳を貸さない。この種の警鐘に対しては、耳を傾ける人はなく、それを真摯に受け止め、危機意識を持っている人は、一般的には少数の人であると言ってよい。

 だが、現実の世界情勢を考えてみると、のんびりにはしていられない問題の種子は至る所に蒔
(ま)かれていることに気付く筈である。
 まず、自分の周囲に注意する必要があろう。周囲を見詰め、日本社会を見詰めれば、果たしてこれでいいのかという現実が多々浮かび上がってくる。更に国際情勢を見詰めれば、それは深刻化を極めるもので、現在人類が抱えている問題は、実に広範囲に及ぶものである。

 中東諸国での民族紛争は、もはやその地域的な事件として検
(み)るだけでは済まされない状態になっている。世界は同時関連性を持つに至っている。一事は万事に関連性を持っている。
 風が吹けば桶屋が儲かるという如きの関連性である。
 今や、その同時関連性は、到底、一国平和主義だけでは納まりきれない。

 こうした背景にあって、これに絡む核拡散問題、南北問題並びに貧富の格差の深刻な状況、森林破壊や海洋汚染に併せて、気温の上昇やオゾン層の破壊といった深刻な環境問題が人類の危機に拍車を掛けている。他にも、人口爆発や食糧危機、更にはエイズなどの奇病の蔓延
(まんえん)も未だに下火にはならない。激増の一途にある。
 破壊状態も、奇病進行もある種の耐性を得て強力化しつつあるようだ。

 これに、人類は歯止めを掛けきれずに居る。困惑が増幅されるばかりである。そして、人類の幸福とは程遠い、逆方向に向かっているようにも思える。やがてメルトダウンの“特異点”に襲われるのかも知れない。
 人類の経験した異変は、常に特異点による急変だった。その急変が、次ぎなる急変を派生させる実情にあるようだ。
 この種の問題は抜本的な対策もなされないまま、山積みされて、既に処理不能の状態まで達しようとしている。

 この状況下において追い打ちを掛けるのは、昨今の現代人のモラルの退廃と言ったものが、人の眼の触れないところで深刻化し、それは一朝一夕では改善されない事態になっているとも言える。

 現代人は道義心を失っているのではないか。
 心と言いながら、心の意味が果たしてどれだけ理解しているか、甚だ疑問なのである。
 それゆえ、人生の真の目的が分らなくなり、自分さえよければそれでいいとか、今が楽しければそれでいいと考える刹那的な“悪しき個人主義”が至る所で横行している。

 また、それに併せて、金銭至上主義は未だに健在であり、金が総てではないと言いながら、実は拝金主義の側面があり、金に現を抜かし、それをひたすら追い掛ける実情が横たわっている。その最たるものが経済優先政策である。それに多くは便乗しようとしている。
 今日の経済第一主義は、それを雄弁に物語っている。

 同時に背景には刹那主義があり、その日その日をへらへらと可笑しく面白く、仲間内だけで家族ぐるみのマイホーム主義に明け暮れる。
 金銭や物質的豊かさ以外に、何の価値観も感ぜず、感動も感激も、物にはするが、内面的な精神面への感動も感激もなくなった時代だと言える。

 直ぐに「すごーい〜」とか「かわいい〜」と嬌声を上げるが、その実、それらは長時間維持できない直ぐに消えてしまう刹那的なものであり、現代人の価値判断の基準は、自分の欲求を満たすだけの欲望第一主義となっているようである。そして、物質による興味を露
(あらわ)にすることで、それを人生の生き甲斐に感じている人も少なくないようである。

 では、何故こうなったのか。
 現代人はそれぞれの心から「芯
(しん)が抜き取られてしまった」ことに由来するようである。
 戦後の平和主義と民主主義で、自由と平等を履き違えたため、その真意も見抜けないまま、意図的に誘導された虚構に魅せられた観があるからである。
 自由と平等、それに加えて民主という名は実に甘美である。多くがこの言葉に酔う甘い一面をもっている。

 ところが、現実はそうでないことが容易に分ってくる。そうでありたいと願うが、実はそうではない。このギャップに悲劇が横たわっていたとも言える。
 こうして弱者は何処までも餌食にされ、啖
(く)われるのである。何処までも侮られるのである。
 では、どうしたら侮られなくて済むか。
 それには隙を作らないことである。常に侮られないだけの防備をすることである。
 その防備は、心の武装でもある。心を鍛えることである。ここに陽明学で言う心の鍛錬がある。

 心の鍛錬とは、頑
(かたく)な心を作ることでない。頑迷なる心に固執することでない。頑固一徹では心は開かれない。柔軟な心を持つことである。
 つまり「まごころ」である。
 強硬な風当たりに対し、「まごころ」で心を開く。秋露
(しゅうろ)の如き冷たさを、春風のような暖かさで迎え打つ。つまり、心の防備である。しかし、これを理解しない人は多い。大半は表皮に騙され易い。深層真理が見抜けない。それゆえ無防備である。無防備で流される観が強い。

 格言に「禍は忘れた頃に遣って来る」というのがある。
 あたかも不意打ちを臭わせる言葉である。
 日本人は不意打ちに弱いと言う。したがって、不意打ちを痛快がる民族堅気もあるようだ。
 現に、不意打ちの策として、源義経の鵯越
(ひよどりごえ)、楠木正成の千早城、織田信長の桶狭間、更には赤穂浪士の吉良邸討ち入りなど、思いもしない突発事件であり、昭和には真珠湾奇襲作戦へと続き、今でもその過程において称賛する日本人堅気がある。側面には痛快さがあるからである。

 ところが、立場が逆転すると、これが忽ち不快を生じるものとなる。
 現に、昭和戦史の中でも、“ミッドウェーの大敗北”が歴史に深く汚名を刻むものである。これを機に、日本は途端の苦しみを味わうことになる。
 かの大敗北甚だしい“白村江
(はくそうこう)の戦”以来の大敗北であったからだ。
 白村江の戦いは、西暦663年に起こった戦いで、日本は百済連合軍と唐と新羅の連合軍と戦い大敗北を帰した海戦である。

 日本は、660年に滅亡した百済の王子豊璋
(ほうしょう)を救援するため軍を進めたが、唐の水軍に敗れ、百済は完全に滅んだのである。
 ちなみに豊璋は、大和朝廷と遠戚関係にある人物であったかも知れない。現に朝廷の別荘がこの当時、朝鮮半島に存在していたとの説があるくらいだから、その血を引いた人物であるかも知れない。また大和朝廷が援軍を差し向けるくらいであるから、血の関係は否定し難いものがある。

 この大敗北は、予想外の結果であり、宮中の重臣は大いに憂鬱なる眩暈
(めまい)を覚えたと言う。国力を半分以上も喪失する、軍事的にも大きな打撃であった。
 快進撃の背景には、必ずこうした隙が生じ、これがこれまでの順風満帆だった活動に損傷を来すのである。

 言わば、隙から、あるいは優勢なる奢
(おご)りから油断が生じ、「油断」とは読んで字の如く、油を断たれることであるから、気付いたら負け戦を演じていたのである。無防備も甚だしい。
 そして宮中の貴族連と言ったら、その報告を聴いて、自らの着物の袖を瞼に当て涙するばかりであったと言う。

 こうした不意打ち症状として、心理的に現れる症状は、先ず喉が渇き、次に手が震え、身体的には何か特殊な刺戟を求めるものである。これは始めて戦争に参戦して、戦争なる非常を経験した初年兵に顕われる症状とも言う。それが顕われる明らかなる身体変化の兆しが、まず眩暈だと言うのである。そして、これに耐えうる人は少ないと言う。心の鍛錬がなされていないからである。

 心的鍛錬の未経験者は見聞したことが異常なる人間界の現状として深く刻み込まれるとともに、現実と架空の区別がつかなくなるからである。
 つまり、現代人ほど不意打ちに弱くなっていると言えよう。

 不意打ちとは如何なる心理的衝撃か。
 それはあたかも、壺の中に手を突っ込み、その中で蛇の蠢きのようなものを感じた時であろう。奇妙な、気味の悪い感触を得た場合であろう。
 不意打ちに襲われた場合は、こうした感触とともに、一瞬何が起こったのか予想にも出来ない現象が生じた場合である。斯くして意表を衝
(つ)かれる。
 “ミッドウェーの大敗北”も、これに類似した筈である。

 ところが、大敗北に至る過程は、それを度外視した奇妙なる微笑と自信から始まる。
 あたかも「わが行動の真贋の結果は近日中に判明するでしょう」というような、魅惑的な笑顔と、緻密なるプランの語り口から始まる。多くはそれに説得され易い。
 況
(ま)して、計画立案者が自信満々で、余程弁が切れ、理が通っているのなら、それを聴いた者は、最初は反対意見であっても少しずつ心を攪(と)っていく筈である。分けが分らず乱されて、最後は丸め込まれる筈である。丸め込まれたその時は、聴いた人は上機嫌となり、久しぶりの憂さも霽(は)れ、明るさが戻ってくるような錯覚を覚える。

 ところが、現実はこうした架空プラン通りにはいかないものである。
 攪乱されているから、そのときは名プランに思えたものは、蓋
(ふた)を開ければ散々だったと言うこともよくあるのである。“ミッドウェーの大敗北”も、これではなかったのか。期待した結果を大いに裏切ったのである。
 計画と現実からの結果は必ずしも一致しない。
 現実での結果は異なる。知ることが逸
(おそ)すぎたという結末が待っている。あるいは情報不足や情報漏洩も加味する。腕はあっても知が欠ける。

 そして、不意打ちを食らったことに、言い出し屁も、これを聴いて同意した者も、その責任を問われて窮することを拒み、頬
(ほ)っ被りをすることを決め込む。敗戦責任は問われないことになった。あるいは、戦史をそのように摺り変えてしまった。こうした背景にも、昭和史を綴(つづ)る敗戦史が横たわっているのである。
 思えば、この背景には当事者達の「まごころ」の欠片も見ることが出来なかった。



●蠱物の横行

 腐敗と崩壊と惑乱が意味するもの……。それは何であるか。
 これらを反面教師的に考えれば、警告を発している劇薬でもあろう。
 心の弛みや無意識の緊張が欠ければ、やがてそこに「まやかし」などが蔓延ってくる。人はこれらに魔力に惹
(ひ)き付けられ、心を惑わされる。蠱惑(こわく)である。

 あるいは現代は物質主義が横行しているから、神仏が否定され精神文化が蔑ろにされて、逆に守護神的なものが失われているから、「まじもの」に人は惑わされる実情があるようだ。
 「まじもの」は蠱物
(まじもの)と書く。

 「まじもの」は、人に災厄を及ぼす。災厄を人に及ぼすように神霊に祈祷された霊的物体を「まじもの」という。この場合の神霊は、善でなく悪である。そして人を惑わす、誘惑の魔物となりうる。
 深層心理に秘められた潜在的欲望である。
 蠱惑に魅了される霊的媒体である。これがあるとき、何かと反応する場合がある。

 かの『雨月物語』に登場するような、人の心に取り憑
(つ)いて惑わす……、蠱物らを捉(とら)んは何の難き事にもあらん……の、魔物である。
 魔物は、陰性の因子として人の心の奥底に眠っている。普段は殆ど浮上することがない。陰性的要素であり封印された状態である。

 ところが、時代が激化し、高速化すると、あたかも遠心分離機のように高速回転する遠心分離機から弾き出される者が出てくる。弾き出された者は、時代に適応しない適者生存グループに加えられず社会不適合と看做されて、白眼視させる。

 人は、こうした分類によって落ちこぼれると、遂にはその種属にされてしまう。現代はそういう種属分類の世界でもある。
 種々の格差なども此処から起因し、例えば持てる者と持たざる者との経済格差も生じるのである。そして持たざる者は、持てる者へと何らかの反抗を企てる。昨今の不穏なる世の中はそれを象徴している。

 大半の心の底には、陰性の因子として封印されている蠱惑への誘惑が、いつ解凍するかも分らない。いつ解凍しても訝
(おか)しくない状態になっている。時代が生贄(いけにえ)として要求しているのかも知れない。
 金・物・色に曇らされている人は、特にこれらの解凍が早まっているようだ。
 一見、常人と思える人の突然なる誘惑から起こる突発事件などは、こうした実情と時代背景を雄弁に物語るものであろう。

 端的に言えば、現代人の心の鏡はいつの間にか「曇らされた」と言うべきであろう。
 その曇りは、いつの頃かた始まったのだろうか。
 おそらく戦後の経済成長を経て物質主義に奔り出した頃からであろう。この頃より、人は金・物・色に曇らされた。心の鏡は曇らされた。そこに濁りが生じた。濁って澱んで、翳
(かげ)りは停滞したままである。

 さて、鏡とは如何なる存在か。
 かつて鏡は呪具の一種に数えられていた。
 その呪具は神聖なる霊具で、また呪器でもあった。神聖が宿るものであった。
 それゆえ鏡は、一度向ければ如何なる対象物も寸分の狂いもなく映し出すという特性を持っている。それだけで霊妙極まる神器ともされた。

 霊妙なるものは、ある種の力を持つ。それは眼に映らない鬼神
(きじん)のようなものすらも映し出してしまうのである。勿論「まじもの」も「まやかし」もである。
 古代より、“蠱
(こ)”と称される「まじもの」などはそれを恐れた。憑こうとする、あるいは憑いた人間が鏡に映し出されることを恐れた。

 また、鏡の特性として、陽
(ひ)を捉えて反射させる性質を有している。
 太陽光線を反射させ、光を操ることが出来る。こうした特殊なる威力を発揮する。それはまた「異力」でもある。この異力を「まじもの」は悉
(ことごと)く恐れるのである。

 更に、鏡に近い能力を発揮するものとして近辺には「水面」がある。水面は鏡に近い能力をもつ。
 古代人は盤器という手水鉢
(ちょうずばち)に似た器に、水を張り、それに自らの顔を映して魔物の取り憑き具合や自分の健康状態を検(み)た。
 これが「鑑
(み)る」の語源である『鑑(かがみ)』となったのである。
 澄み切った水盤に波を立てず持ち歩くことは困難であったから、これに似た作用をするものに金属などがあり、最初は比較的加工のし易い銅板が用いられ、銅鏡を形態に持ち歩いたと言われる。

 この時代の銅鏡は単に身繕いをしたり容姿を映すだけでなく、呪術的な道具としての呪器でもあったのである。この場合、呪術に用いられるのであるから、魔や蠱を仕込む絶好の道具であり、呪詛するための媒体でもあったのである。祈祷などに用いられ、祈りと礼法が同時に行われていたようである。

 その鏡は、やがて心の鏡にも反映されることになった。
 道具としての鏡は、自らの心の曇りにも移入されて、いつの間にか鏡イコール心という図式が成り立ち、鏡は心をして置き換えられて、心を曇らせれば、また鏡も曇ると考えられるようになったのである。古代人はその曇りを、心的かつ霊的な危険信号と捉えたのである。

 では、何故、心を曇らせてはならないのか。
 その曇りに、魑魅魍魎
(ちみ‐もうりょう)などの霊的媒体の「まじもの」が取り憑くからである。
 「まじもの」が取り憑く場合、欲に乱された人の心に取り憑く。取り憑いて、金・物・色の何れかに魅せられる状況を作る。この魅せられる状況が、雑念雑想である。
 心を曇らせると、雑草の如き悪しき雑念雑想が蔓延る。陽明学の教えるところである。

 古代人においては、心と言う存在を霊的存在と結びつけて想念を加えていたから、鏡イコール心という図式から、取り憑く魑魅魍魎を一旦、鏡に映して斥
(しりぞ)けようと考えた。
 それだけ鏡は強烈な神秘性の秘密具であり、例えばその観念は、貴人達が埋葬される場合に鏡が副葬品に遣われていることである。鬼神の墳墓からは鏡が出土することが多い。
 これは魑魅魍魎を斥けようとすると同時に、鏡に映し出された怪しき姿をもつ媒体を悉く恐れたと言う心理も働いていたようである。

 妖怪の類を「まじもの」と考え、禍を為
(な)すものとして斥けようとした観がある。
 その証拠として、鏡を配置する意味は、これらの「まじもの」に対し、魔除けの行為が見て取れ、この場合の鏡は禍などの害を防ぐことを目的として呪術の祈祷法が構築されて行ったらしい。
 同時にこれらの呪術は、孔子の時代に至って儀礼などで盛んに用いられ、礼法としての呪術も発達するに至ったと考えられる。また孔子は、呪詛者としての礼法を確立しており、『論語』の礼は呪術から来たものだと考えられる。

 そしてこれらの礼法は、儀礼の中で刀剣が用いられるが、刀剣はまた神器としての霊力を持ち、貴人達の埋葬には必ずと言っていいほど鏡とともに、刀剣が副葬品として用いられている。
 つまり、刀剣にも鏡と同じように破魔の意味を持ち、太陽光線を反射させる力があるからである。
 また、刀剣には破魔の意味から、邪蠱などの妖怪を切断する能力があり、これは単に物理的にものを切るだけでなく、霊的にも「まじもの」などを一刀両断するのである。したがって埋葬の際の副葬品として用いられたのである。

 次に「玉
(ぎょく)」である。
 玉は「圭玉
(けいぎょく)」と言われるもので、死後の副葬品には必要不可欠なものであった。
 この圭玉は装飾品としての役割よりは、邪悪なる「まじもの」を斥ける守護の道具であったようだ。魔を破る守護の具である。

 これやは日本神話でも「三種の神器」して登場していることから、礼法では欠かせない守護の道具であり、霊器としての役割を果たしたものであった。
 八咫鏡
(やた‐の‐かがみ)、天叢雲剣(あまの‐むらくも‐の‐つるぎ)、八尺瓊勾玉(やさかに‐の‐まがたま)がこれであり、鏡・剣・玉であり、「まじもの」を斥ける呪術の霊具であったのである。

 しかし、この経緯を辿って礼法を構築した呪詛の霊具は、現代では殆ど無視されがちである。
 そして、その無視が現代社会の恥部を構成して、金・物・色に疾らせる実情を招いたと言えよう。
 この背景には、外側だけを検
(み)て裡側無視の、悪しき「曇鏡(どんきょう)」状態を現象界に引き起こしているからである。
 斯
(か)くして、現代人の心の霊的神性は曇らされ、眠らされてしまったのである。大半の殆どが蠱惑状態である。銃弾催眠に懸かった状態であると言えようか。



  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法