運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
句集 自選1200句 1
句集 自選1200句 2
句集 自選1200句 3
句集 自選1200句 4
句集 自選1200句 5
句集 自選1200句 6
句集 自選1200句 7
句集 自選1200句 8
句集 自選1200句 9
句集 自選1200句 10
句集 自選1200句 11
句集 自選1200句 12
句集 自選1200句 13
句集 自選1200句 14
句集 自選1200句 15
句集 自選1200句 16
句集 自選1200句 17
句集 自選1200句 18
句集 自選1200句 19
句集 自選1200句 20
句集 自選1200句 21
句集 自選1200句 22
句集 自選1200句 23
句集 自選1200句 24
句集 自選1200句 25
home > 胆識と流転の句集  自選  1200句 > 句集 自選1200句 1
句集 自選1200句 1

胆識と流転の句集 自選集1200句






 人は何を需(もと)めて生きるのだろうか。そして需めた先に何があるのだろうか。
 この世での「生きる」ということは、外に自分を抗
(あらが)って生きることである。自分を世間に認めさせることに多大なエネルギーが遣われる。そのために外と、常に抵抗を続け、それが生き原動力になっている。

 同時に、生きるには抗う以上、闘いの烈しさと勝利と権勢があり、その他方で敗北があり、挫折があり、妥協の悲しみがあり、あるいは絶望のドン底に叩き落とされることすらある。
 しかし、絶望のドン底に叩き落とされ、そこで苦汁をなめる屈辱を味わったとしても、志があれば、人はちょっとやそっとではへこたれない。必ず敗者復活戦で、奈落の底から這
(は)い上がってくる。

 その原動力も、燃えるような野心であったり、情熱であったり、種々の孤独と寂寥に耐えながら、不死鳥のように蘇
(よみがえ)るものであり、そういうした「したたかさ」があってもいいと思うのである。
 特に昨今は、女子力が猛威を揮う時代であり、近年の男どもは、からっきしだらしない状態であるが、女子力も、男どもへの応援歌と思えば、こういう女子力擡頭
(たいとう)があってもいいと思うのである。この擡頭こそ、時代を風靡(ふうび)するものであろうが、その擡頭も、男あっても物種である。

 それは洞察力を深めれば、これまでの作用に対する反作用のようなもので、この反作用こそ、出発点は「誠の男とはどうあるべきか」ということに回帰するものであろと考えられるの。

 日本人も、世界で尊敬されたのは、大目に見ても戦前・戦中までの近現代史に出てくる男どもまでが偉人像であった。昨今は、日本の男どもに、偉人の側面もその欠片の一つも存在しないようだ。
 偉人と尊敬される人物が、日本の男どもに、殆ど居なくなってしまったからである。
 それはまた、男の貌
(かお)というものが、年輪を物語ったり生き態(ざま)の痕跡を曖昧にしてしまったからであろう。昨今は男の貌の輪郭がぼやけてしまったのである。

 つまり一口に「生き態」などと息巻いているが、その生き態は、必ずしも「死に態」と直結していないからであり、「何によって死のうか」という目的がぼやけ、不透明にさせているからだと思うのである。

 「依って以て死ぬ生き態」は、先ず貌
(かお)に顕われるべきだが、現代の男どもの貌は、実にふやけて、志が金儲けであったり、またその金儲けが、金持ち優先の金儲けであったり、更には近年流行の「おもてなし」と言う行為の中にも、金持ち優先の「おもてなし」の実体があり、万人に対して平等のものでない。金儲けのための世界に進出する「おもてなし」である。

 かつてのアメリカンドリームは、今は「おもてなし」と言う行為の中に金儲けがあるのではないかと言う、経済第一主義が、この種のブームを作り出しているのではないかと思うのである。そして男の貌も、金儲けだけに執着しているのではないかと思うのである。

 男の貌の歴史。本当の男の貌の歴史……。
 それは貌自体が、その痕跡を露
(あらわ)にしている。
 貌に表れた痕跡。それが男の歴史である。
 それは同時に人生の歴史であり、その歴史を、人の貌に観ることが出来る。
 しかし貌に歴史を残す貌、あるいは波瀾万丈の波に揉まれ幾多の難所を切り抜け、採ったしてきたと言う「風雪を刻んだ貌」を近年は殆ど見なくなった。
 みんな綺麗で美しく、役者擬きのその手の貌にしか行き当たらない。
 思えば、何の特徴もない「その手の貌」という貌ばかりである。美顔術に明け暮れた、ただ“イケメン”と持て囃される貌である。

 その手の貌は、しかし迫力がなく年輪がなく、苦労の、苦しんだ、特にドン底でもがいた痕跡を残さない。ただ可愛いという、単に美形に過ぎない。したたかな意志力が現れた迫力のある貌、特に苦労を積み重ね、ドン底でもがいて「地獄を見てきた貌」が、現代は殆ど消滅していることである。
 確かに綺麗で、美しくはあるが、その綺麗は、役者でいうその種のもので、特に炯々
(けいけい)とした「眼光鋭い」という貌は、近年では皆無になっているようだ。

 また「慾
(よく)」と抱き合わせの虎視眈々とした、獲物を狙う眼では、志とは程遠く、それは単に性格粗暴者の眼に過ぎない。そういう異常者の眼ではなく、志を持った眼と言うものが、近年は殆ど消滅してしまったように思うのである。
 言及すれば、自分自身を美的に表現して、自分を“いい男だ”と思い込んでいる男に限り、本当にいい漢
(おとこ)が居たためしがないのである。

 では、「いい漢」とはどういう男の貌か。
 例えば、キリストの貌であろう。
 昔から聖人や偉人とされた男の貌は、みな「いい漢」であった。釈迦もそうであったし、ソクラテスもそうであったろう。

 更には、フランス革命当時のミラボー
Honore Gabriel Riqueti, Comte de Mirabeau/三部会第三身分代表として革命当初の国民議会を指導し、のちに立憲君主制を支持して次第にジャコバン派と対立。1749〜1791)などは痘痕面(あばた‐づら)で、二目と見られない、実に醜男だった。
 しかしミラボーを尊敬したある貴婦人は彼に、「肖像画を下さい」と懇願し、また彼は彼で「虎をご覧下され。虎に痘痕があると思えば私のような貌になる」と、ジョークまで言う始末。
 そして、このジョークがまた受けた。ユーモアである。実におもしろみが利いている。

 ミラボーの貌は、どう贔屓目
(ひいき‐め)に見ても美男とは言い難い。実に典型的な醜男である。しかしミラボーの周囲には、取り巻きの女で溢れかえり、美女連中がミラボーに付き纏っていたと言う。
 ミラボーこそ、美女に付き纏われた無類の男だった。
 つまり「いい漢」の典型であったと言えよう。更に、ミラボーは整形していい貌になったのではなく、また骨格的に、持って生まれた素材がよかったのでもなく、決していい漢には生まれつかなかったが、後転の運命の荒波に揉まれて、凌ぎ切ったことから「いい漢」になった。

 現代人はこの辺のところを見逃しているが、「いい漢」とは、役者風情のスマートなスポーツ万能を言うのでもなく、筋肉隆々の、その手の体躯の持ち主を指すのでもなく、そういう素材にこだわった、その手の肉体美を言うのではないのである。

 更に昨今の奇妙な流行は、模造美顔により、ギリシャ彫刻に出てくるような彫の深い、人工的な修正を加えることで、見た目を繕
(つくろ)う修繕行為の愚行の数々が盛んである。また、“人工もの”というわれるものも流行している。

 例えば、男の禿
(はげ)や、女の禿である。
 昨今は男だけでなく、女の禿も多い。
 近年の日本人は、動蛋白摂取過剰と美食主義の結果、禿家系の血を引く血族には食の欧米化により、この摂取過剰で禿が一段と猛威を揮い、子孫に伝染している。
 男も女も、禿頭を隠そうとしてカツラを被る。それは禿を恥と思っているからであろう。
 しかし禿を隠すより、本来隠すべきことは、禿くらいでくよくよと悩む、その小心翼々とした、視た目を誤摩化そうとするその行為ではないのか。

 また、最近流行の「おもてなしの心」などと同じように流行している「思い遣り」という行為も、考えれば、本来は弱者に対して遣われる言葉であるのに、それが金持ちに対して遣われる言葉に畸形
(きけい)してしまっている。
 金持ちに対しての思い遣りとは“金持ちに対して気を遣え”ということだろう。

 こういう傲慢
(ごうまん)が罷(まか)り通る時代になってしまった。奇妙な時代である。
 ならばいっそのこと「禿に思い遣りを」とすれば、釈然とするであろうが、“おもてなしごっこ”とともに“思い遣りごっこ”も狎
(なれ)れ合い過ぎれば、総てに畸形と捻れた箇所が伝染していくであろう。

 また“イケメンごっこ”の流行
(はや)る現代、中身までもが軽く見られることであり、これは個性の否定であろう。
 一山、幾らの十把一絡げの時代になったと言えよう。そして、どれもこれも同じ程度で、ただ近年の特徴としては、人から仰がれる男よりも、人を笑わせる男は大もてのようだ。コメディアン的男が大受けの時代である。

 昔は、この種属を「太鼓持ち」と揶揄
(やゆ)して軽蔑したものだが、近年は世人の価値観が変わったし、変わるように誘導された。
 白が黒になり、黒は白に変貌した時代であるから、こういうことが「有り」なのかも知れない。あるいはこの病巣は、あたかも進行ガンのように進んでいるのかも知れない。決して「無い」とも言えないだろう。

 かつてイギリスの歴史学者であり、政治家だったギボン
Edward Gibbon/イギリスで紳士階級の出身で、富裕ではないがハンプシャーに領地を持っていた比較的裕福な家庭でそだった。『ローマ帝国衰亡史』などを著し、他に『ギボン自叙伝』など。1737〜1794)は、その有名な著書『ローマ帝国衰亡史』に、次のことを記している。

 それはエゴは活発化すると、公
(おおやけ)を忘れ、民衆は私利私欲に奔走するから、やがては「衰亡の危機をみる」と。
 背景には、“自分だけがよければ……”と言うことが前面に打ち出されて、社会全体が「私化」するからである。
 それが如何に危険な兆候であるか、ギボンは声を大にて警告している。

 「かつて文明の中心世界であったアテネ人は、段々わが儘
(まま)になり、いい気になって、自由を欲する以上に、より保証を欲するようになった。彼らは厭(いや)が上にも便利で快適な生活を欲して、挙げ句の果てに、その一切を喪失した」
 それは物質的豊かさを求めるあまり、魂と引き換えに自由も、保証も、便利も、快適も手に入れたのであるが、心の平安はえられたのだろうか?……と、疑問を投げ掛けている。
 欲
(ほっ)して欲した。
 欲望第一主義に奔
(はし)った。その結果は?……。

 その結果は「現代」を観ればいい。この世を観察すればいい。果たして今はどうだろうか。

  








筆者の『山里山行』は徒歩禅と称して、山行きの際に詠んだ句である。福智山山頂に至る山道を淡々と歩き、そこで、ふと足跡を振り返り、自らの心情を表現してみた。

 こつこつと山道を歩く。老人は坂道を登れば当然息切れがする。そこで深呼吸をする。深呼吸をして血管内に酸素を送り込む。乱れた呼吸が整う。浅い胸式呼吸が腹式呼吸に切り替わる。調息が出来るようになる。

 当然それは脳にも循環する。
 朦朧
(もうろう)とした意識は、そこで正常を取り戻す。意識が一段を覚醒する。爽やかである。足も軽快さを取り戻す。

 力まず、焦らずに呼吸を整えながら、緩やかなスピードで山道を歩くのが老人の歩き方である。山道は、山独特の山時間を楽しみながら足を運べばいいのである。



●俳人山頭火

 種田山頭火という一風変わった俳人に出会ったのは、いつの頃からだろうか。
 その時期は定かでないが、確か大学の三年か四年の頃だったの思う。今となっては確
(しか)と思い出せない。
 ただその当時、強烈なインパクトを受けたことは確かで、いま思い返しても衝撃的であった。

 それは何故か。
 種田山頭火と言うこの俳人が、行乞僧として乞食
(こつじき)に身を窶(やつ)し、生きながらにして肉弾戦を演じているからである。この肉弾戦は「凄まじい」の一言に尽きた。私にはそう響いた。

 持論だが、種田山頭火を松尾芭蕉以降の俳人と言ったら言い過ぎだろうか。
 私は芭蕉以降、俳人の名は山頭火を除いて思い出せないのである。
 この世界では、俳諧人としては芭蕉以降も多々出現し、著名なる俳人は大勢いたであろうが、芭蕉に迫るような、迫力を持った俳人は一人も浮かび上がらないのである。

 確かに五・七・五のお行儀のよい規則正しいリズムは、巧妙に計算されていて僅か17文字の中にきちんと納まっているのだが、ただそれだけである。他に
何もない。
 綺麗だが、命に迫るものがない。また魂に迫らない。魂を揺すぶらない。目覚めさせて、ハッとさせるものがない。字並べが巧妙なだけである。

 敢えて言えば、単に、お行儀のよい言葉の羅列にしか思えない。まず、凄まじさに欠けるからである。綺麗過ぎて、肉弾戦を演じるように少しも血を流していないのである。血塗られた足跡が感じられないのである。

 同時に「綺麗俳句」では空腹感もないし、ハングリー精神に欠けていると思うのである。
 それゆえ餓えたところがない。常に安全地帯に居て、温室の中に納まっていて、喉を潤していて、渇きがないのである。裕福で、総てが満ち足りているのである。そして困窮がない。切羽詰まっていない。苦境に悶
(もだ)える姿がない。優雅であるが、安全圏に居る。

 日々三度、食べる物があって句を詠むのと、殆ど口にする物に事欠き、世間師どもと渡り合って鎬
(しのぎ)を削るような中から生まれでた句とは、種類も次元も違うと思うのである。
 安穏と困窮は、その重さにおいても異なるのである。

 美しいが迫らない。美しいものはそう映る。
 お行儀よく綺麗だが乱れていない。家の中から外の風景を眺めているが、外に居て野宿して、吹きさらしの風に吹かれ、雨に叩かれ、雪を踏みしめてというような、そういう悲惨さや辛さが、お行儀のよい句からは何も感じないのである。命に迫る、そういうものが伝わって来ないのである。

 一方、山頭火はどうか。
 お行儀の良さも秀麗さも薄い。むしろ穢い。貧しい。乞食であり、ホイトウである。
 私が大学の頃、山頭火に始めて接したときの句の一つが、これだった。

ホイトウとよばれる村のしぐれかな

 自らをホイトウと言って幅からない。
 決していい意味で遣かっていないが、それだけに、ホイトウはホイトウでも何かが違う。
 穢いと言われる中に、通常の一般的に言う穢さとは違うし、まさに汚さの中に、きらりと光るものがある。宝石のように光を失わない輝きの閃光
(せんこう)が疾っている。
 それが読む者の神経にも疾
(はし)り込んでくる。あるいは逆撫でのようなものであろうか。それが疾ってきて、瞬時に麻痺させ、惹(ひ)き付けて放さないのである。
 かつて、このような俳人が居ただろうか。

 私はそこに惹かれ、以降、山頭火の句集は、いつしか私の「禁断の書」になっていた。
 一度、この禁断の書を開くと、もう以降、頭が冴えて眠れなくなるのである。魂を呼び起こし、揺さぶってて、一晩中、眠らせないのである。それゆえ山頭火の句集は、未だに「禁断の書」の呪縛から説かれていないのである。

 また、禁断の書になり得た要素は他にもある。
 庶民の底辺を見て、世間師と接し、乞食僧として、もっとも低い位置に居て句を詠んでいるからである。昨今にインテリ無知に見られるような、上辺だけを通り一遍に撫でて、綺麗事のヒューマニズムやふやけた洞察によって、世の現実を捉えてないからである。
 山頭火は外野に居るのでなく、苦闘を演じた主人公であった。

 そのうえ日々を真剣勝負で、本音で生き、自らを愚として、その愚から生涯解決されることなく、最後の最後まで諦めずに、愚と、四つに組んで格闘しているからである。逃げていないのである。
 同時に、人生を楽しむではなく、むしろ苦しむ方に向かって、苦に挑戦しているからである。それも、愚を承知の上で……。
 故に、一句一句が生々しい。血の鮮血すら感じさせる。

 また一方で、智慧に生き智慧を住処
(すみか)としているのである。愚と智慧が、何とも奇妙に絡んで、有機的に結びついて、然(しか)も素朴で、剥(む)き出しの人生論を論じている。
 次ぎなるは、昭和五年九月に九州地方を行乞した「日記」の一コマである。

 両手が黒くなった。毎日鉄鉢をささげてゐるので、秋日に焼けたのである。流浪者の全身、特に顔面は誰でも日焼けて黒い。日に焼けると同時に、世間の風にも焼けるのである。黒いのはよい、濁ってはいけない。

(昭和五年九月二十九日の日記より)   

 これこそ自他を「よく見ている」と言えよう。
 人間を検
(み)る観察眼は鋭いと言えよう。そしてその魅力の特徴は、自己矛盾を矛盾のまま内包して、表皮には人工皮膜など一切纏(まと)っていないからである。
 もし、山頭火が並みの人間ならば、世間体から考えても自分の矛盾を削り、都合よく整理整頓して、分り易くスッキリさせてお行儀のよい句の体裁を整えただろう。

 ところがそれがない。
 並みの人間ならば、矛盾に生きること、あるいは愚に生きることに耐えられなくなって、出来るだけ人に理解されるように改造してしまうであろう。
 だが、山頭火にはそれがない。
 それがない証拠に、このように吐露
(とろ)している。

 困窮者山頭火は、人を検
(み)るだけでなく、人に併せて天候まで考慮し、例えば「雨」について、雨を「雨の窓でしんみりと読んだり書いたりすることは好きだけれど雨は世間師を経済的に苦しめる」として、行乞できない日があることを歎いているのである。
 それゆえ、現代流に言えば天気予報士でもあった。天気と行乞運が、そのまま連動されているからである。
 こうした状況下で凄まじい死闘覚悟の格闘を演じてみせる。

 人間味を剥き出しに、肉弾戦を仕掛けている。理解されるもよし、されなくともよしである。こだわらないのである。それだけに人間味があり、自分の弱点すら告白しているのである。その象徴が「愚に生きる」だった。

 愚者の多い世の中に、「愚」に生きて何が悪い……と居直り、開き直っているしたたかさすら感じるのである。
 そして山頭火が、娑婆で見てきた現実には、種々の善人の姿である。また、その態度である。
 人間模様を傍
(そば)から、しげしげと観察しているのである。

 善人にはいろいろある。
 何もしない善人。自己中でありながらそうでないことを否定する善人。嘘つきの善人。朴訥
(ぼくとつ)だけが取り柄の善人。女癖が悪い善人。
 そしてまた女癖がよくて優しい悪人。自分で自分を善人と表する悪人。可哀想で同情を煽る悪人。自分には権利があることを主張して憚
(はばか)らない悪人。
 悪人にもいろいろあるのである。

 その善悪を、人間の仮面の裏に隠れた素顔を視て、人間模様まで旅に織り込んでいるのである。
 そして人間は善にしろ悪にしろ、また賢にしろ愚にしろ、それぞれに無限の可能性を持って生きている、生きとし生けるものの衆生を事細かに観察しているのである。
 特に山頭火の観察眼は鋭い。
 瞬時に、あたかも「千分の一」程度のシャッター切りをして、瞬時にその光景を句に著しているのである。それが、この一瞬の一コマであろう。

踏むまいとしたその蟹は片輪だ

 この瞬時の読み取りは、あたかも仏道で言う「刹那(せつな)」である。「よく観た」というべきだろう。
 刹那とは、極めて短い時間を指す。これが「指で弾く短い時間」と言う意味で、また「極短」という一弾指を顕した時間を言う。その時間をもって、山頭火は高速撮影のシャッターを切り、蟹の瞬時の姿を詠んだ。
 更に、この刹那を、人間にも向けて観察するのである。

 更にはこうした人間観察から、自然観察へと眼を移し、例えば四季の草花を愛する人が、実は優しいのかという懐疑を抱きつつ、旅する中で、人間への懐疑の深層に迫ろうとしているのである。
 人間を一概に信じていないのである。自他ともに……。

 人間は、愛想の良さと親切だけが表に現れている間は善人であろうが、これが裏では豹変して、「あんな奴とは思わなかった」という二面性までもを見抜いて、それでいて指弾することもなく、あるがままに雲水のように流れて行っているのである。
 それはあたかも、飄々
(ひょうひょう)という言葉が相応しいような、跡を残さない風のような通過の仕方をしている。再泊をせず風のように来て風のように去っているのである。

 また、特記すべきは、矛盾を矛盾のままで一切を作らず、法衣を着て乞食する自分に、その資格があるのかという自己呵責まで抱いている。それに優越感を抱いていないことである。
 つまり、俺の方が、あいつよりましだという思い上がりがないことである。むしろ最低の乞食となって千家の軒の下を乞い歩き、それ自体を申し訳ないと感得していることである。これそのものが悟りであろう。

 そして山頭火には、自分には解決されない懐疑を抱き続けた痕跡がある。その根源の根源こそ、自らの愚であり、また矛盾であった。
 山頭火にとって、愚と矛盾は生涯格闘しなければならない難題なテーマであった。
 その難題なテーマに対し、根本的な活動方針を自らに設定している。
 それは、自分は確かに弱い人間である。そう言って憚らない。

 自分自身は弱く生まれついている。弱い故に少しでも強くなりたい。
 したがって強いふりをする。自ら強者であるような錯覚を抱きつつ、その「ふり」は最後にはホンモノになるのではないか?……という期待を抱いて悪戦苦闘していることである。

 そこには強がり、痩せ我慢などが感じられるが、しかし遂には、また旧
(もと)の木阿弥に戻り、それが簡単に剥がれ落ちてしまうのである。それだけに、自身に歎きがある。そして歎きつつも、また挑むのである。

 だが、百回挑めば、その悉
(ことごと)くに敗北するのである。それでも諦めず、遂には「百回挑んで百敗しても、その上に百一敗重ねて何処が違おう」と居直り、開き直り、更に挑戦する。ここにこそ、人間の魅力と言うものを感じさせるのである。
 そもそも矛盾のない人間など、一人も居ないからである。
 人とは矛盾のままに清濁併せ呑み、かつ善悪を綯
(な)い交ぜにした科学的体系とは異なる有機体であるからだ。つまり、藕糸(ぐうし)の絶えざる如し存在なのである。



 
【著者作の自選1200句】

ー 壱 ー






ー 貳 ー





トップへ戻る 次へ>>

  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法