運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
句集 自選1200句 1
句集 自選1200句 2
句集 自選1200句 3
句集 自選1200句 4
句集 自選1200句 5
句集 自選1200句 6
句集 自選1200句 7
句集 自選1200句 8
句集 自選1200句 9
句集 自選1200句 10
句集 自選1200句 11
句集 自選1200句 12
句集 自選1200句 13
句集 自選1200句 14
句集 自選1200句 15
句集 自選1200句 16
句集 自選1200句 17
句集 自選1200句 18
句集 自選1200句 19
句集 自選1200句 20
句集 自選1200句 21
句集 自選1200句 22
句集 自選1200句 23
句集 自選1200句 24
句集 自選1200句 25
home > 胆識と流転の句集  自選  1200句 > 句集 自選1200句 14
句集 自選1200句 14

古代から人間社会には「家」があった。今日の“マイホーム”とは異なる、最小単位の「個」の集合体である。
 これは血族集団であり、また戸主と家族の共同体であり、家族全体によって形作られる集団で、更には支配権によって統率されたものであった。
 「個」が束ねられて、集合体はムラ社会を造った。

 またムラ社会の「個」の集団は、家の長
(おさ)である「家長」を存在させた。家長の威厳と信頼において、家長は家を率いた。家族という血の集団の長として、家を子孫末代まで発展させようと考えたのである。

 家長は、家の権威として、常に「俺の生きている限りにおいて、家族は決して不幸になる訳はない。万一の場合は、俺が守る」という、その自負を常に抱き、その確信の許に人生を歩んできたのである。家長とは、そういう自負で生きてきた存在だった。



●大鈍

 人の生き方に定義があったり、幸福そのものに概念を確定し、限定させる法則はない。人それぞれであり、その感じ方も違う。
 ある人にとっては、幸せに感じることでも、他に人のとってはそうでないかも知れない。
 つまり、幸せについて特定の形はないのである。
 もし、幸せに特定の形を設定し、限定すれば、そこから不幸が始まるだろう。幸せのパターンは限られたものではないのである。また人によって異なる。

 無理に、“幸せとはこうあるべきだ”という形を設けた場合、その形に嵌
(は)められるのは極めて窮屈であり、それ自体に悪足掻きをして、やがては不幸に陥るのである。自由を束縛されては、それ自体が不幸に感じるようである。
 更に、不幸にも定義がない。
 何を以て不幸と言うのか、それすら定義がないのである。不幸の概念も、日常の喜怒哀楽の中に存在するだけなのである。

 こうなれば、不幸だと言う限定事項を設けた場合、それ自体が、極めて悲壮な不幸へと突入してしまうことになる。筆舌に尽くし難いと言う不幸も、実はこうした定義から発するもので、本来は限定事項など何処にも存在しないのである。

 人間の五感に感じるものに不快があり、苦痛がある。
 こうした事態に陥った場合、人は誰でも早く苦しみから逃れようとする。不快なるものからは一刻も早く遠ざかりたいと思う。
 ゆえに便利で快適なものを選択する。それを導入しようと考える。幸福が物質的に豊かであり、便利で快適でなければならないと信じているからである。

 昨今は幸福の原点を、物の有無に求める時代に変貌したのである。持てる者か、持たざる者かの違いにおいて、幸福度の基準が変わってしまったのである。
 斯
(か)くして貧乏は、人間の尊厳において許されない時代に突入したと言えるのである。
 貧乏は、人間として許されてはならない現象であるとなったのである。貧困は駆逐されるべき近代の課題となった。

 しかし、貧乏を駆逐することにより、失ったものも多い。
 そもそも貧乏は、物の値打ちを解らせてくれる教えがあった。
 貧することで、何が一番大事か教えてくれていたのである。貧乏することで物の正当な価値が計れた。そして、物を味わうことも教えてくれていた。同時に欲望を抑え、我慢することも教えた。

 辛抱することを教え、また無理しないことを教えていた。物も、金も大事なことであることも、貧乏を通じて理解させていたのである。
 その中には物を大事にするとか、金銭は大事にして遣うとかの、無駄な浪費を省き倹約するなどのことが含まれていた。要するに、金のないとこは物を買わなかったのである。無いときは我慢することを教えていたのである。したがって、手当り次第と言うことは無かった。
 今の生活に満足し、足るを知ることを教え、事足りる中で、その味わい方を教えていたのである。

 私は、仕事に種々のものを持っている。
 貧乏暇無しで、働き続けねばならないという自転車操業的な運命にあるようだ。マルチ職業と言うべきものである。したがって依頼があれば物書きも遣り、客員教授として僅かながらの講師料を稼ぎ、刀屋
(刀剣類・小道具類・銃砲類売買など)も、刀屋での拵職人も遣っている。その一つに毎月四回程度、古物商鑑札に物を言わせて、刀剣・骨董古物市場に出向き、競争入札のオークションに参加している。

 近頃は、海外からの古物業者がこの手の市場に参入し、特に目立つのは中国・韓国・台湾からの古美術業者である。この種のバイヤーが来日し、派手に買いまくっている。異常とも言える。
 既にこの市場は、日本単独のものでなくなっている。諸外国の経済情勢に基づいたものになりつつある。
 そして、彼らの勢いは強い。
 一方で、東南アジア諸国の経済成長が向上し、それに従い一時成金的な富裕層が登場し、また環境変化により、経済動向もそれに敏感に反応していることである。

 したがって、日本人業者は彼らの勢いに押され、舌を巻き、ただ唖然
(あぜん)とさせられるばかりである。私もその一人であるが、この種の商品の仕入れ価格が篦棒(べらぼう)な値を付け、価格破壊を起こしていることである。
 これは換言すれば、市場においての異常事態であり、「世界の混沌が深まる可能性」を危惧
(きぐ)せねばなるまい。表面は成長に向かい、景気の良さを見せ掛けているが、内面はそうでもないようだ。

 つまり、海外からのバイヤーの多くは、正規価格以上に高値で買い上げ、日本人業者を圧倒し、往時からの正価を崩し、市場に混乱を与えていることである。見境無く何でも彼
(か)でも手を出し、鑑賞より投資目的であり、本来は必要でないものまで買い漁(あさ)って、海外に持ち出していることである。
 こうした現象も長くは続かないであろうが、一種のバブル状態にあり、市場を乱していることである。

 富裕層の増加と、古美術品などは密接な関係にある図式である。
 しかし、富裕層の擡頭
(たいとう)は一時的な現象であり、永遠に続くことはない。やがて衰頽の道を辿るのである。その時が惨めである。
 この禍
(わざわい)はやがて、自身に禍になって現れることであろう。作用と反作用の所以である。
 そして日本人業者は、この嵐がおさまるのを待つだけである。

 こういう現象を起こしているのも、背景には、金が無いのに借金をして、借入金で美術品を買い漁っていると言う実情が、見て取れる。やがて彼らは、行き詰まり破綻に向かうかも知れない。
 景気動向は、時代に時間差を齎すため、この誤差が先に景気の良さに現れ、破竹の勢いを思わせ、しかし後に、途端の苦しみが起こるのである。これこそ、現象界で常に起こっている事である。作用には、必ず反作用を齎す。

 借金の原点には、昨今のローン現象がある。信用貸付である。
 これを利用して物を買う人が多い。
 また、企業も信用貸付によって一部は成り立っている。しかし、契約は資本主義の根本原理にあり、この信用に於いてこのシステムは成り立っているのであるが、「控える」ということを知らねば、経済は永遠に成長し続けねばならないと言うジレンマに陥り、やがては破綻を招くだろう。
 我慢や辛抱をすることが、極めて困難になった時代である。

 企業もその他の組織も、そして個人までもが我慢や辛抱をしない時代になった。この精神の試煉に耐えられなくなった時代である。
 昨今は我慢や辛抱をせずに、今を楽しみ、物でも、海外旅行でも借金をして済ませる。しかし、この楽しみはやがて苦になって跳ね返ってくる。苦あれば楽ありだが、また楽の次には苦が連続するだけである。これこそローン社会の地獄現象と言えよう。

 かつて、時の総理大臣・池田勇人は「貧乏人は麦を食え」と言った。有名な言葉である。
 ところが、これを侮蔑用語と捉えた左翼陣営は、「麦を食えとは何事か!」と怒り心頭に来て遣り返した。
 「われわれは人間である。牛馬の如き家畜でない。その人間に対して、家畜の餌
(えさ)の如き残飯同様の麦を食えとは何事か!」と。
 斯くして池田首相は槍玉に挙げられた。

 だが、冷静に池田勇人の言葉の真意を振り返れば、この言葉の中には一種の格言が含まれていた。麦は家畜の餌ではなかった。人間が喰っても充分に味わえるものであった。歴
(れっき)とした食糧である。当時はそれが分かっていなかった。何でも反対の時代、とにかく保守政党には総て反対することが正しいと考えられていた。それを正論とした時代である。麦を食えにも、したがって反対したのである。
 果たして麦は家畜の餌か!……。
 否、麦は麦なりの味わい方があった。
 ところが、言葉の真意を解せない多くの国民は池田首相を非難した。果たして、この非難は正しかったか。

 私は当時小学生であったが、この時代、親許を離れて平戸の伯母の家に預けられていた。伯母は大して金持ちでもないが、しかし貧乏でもなかった。
 むしろその時代としては、中間層より上の、かなり裕福であったように思う。一人で大きな家にも住んでいた。また電電公社に勤めていたので、今で言えばキャリアウーマンである。

 しかし伯母の家では、白米と麦とが半々の、それを主食にしていた。このときに白米以外の麦飯の存在を知ったのである。
 当時、私は小学校低学年であったが、麦混じりの御飯を決してまずいとは思わなかった。竃
(かまど)を遣った調理法や炊き方にも秘訣があったであろうが、子供心に、自分の家とは異なった食事の味わい方があるものだと思ったものである。

 仮に、これが100%麦飯であっても、私は厭
(いや)になったり、麦飯を食べることを、人間として侮辱されているとは思わなかった筈である。今日でも玄米御飯に雑穀として、麦御飯を食べることがあるが、それを食べることにより、人間は家畜と同じような餌を食べているとは思わない。麦は五穀の一つである。実に有難い食べ物である。人間を侮辱するような食べ物ではない。

 当時、池田首相の言葉に対して、不満分子の左翼陣営から非難囂々
(ごうごう)だったことを幽(かす)かに覚えているが、あれは非難する方が間違いであったと思うのである。
 貧乏人は麦を食えばいい。
 だが、金持ちならば麦を食べる必要はないとも思わない。誰が食べても構わない。麦を食べることは人間を侮辱したことにならない。

 しかし、貧して麦しか買えないのなら、麦を食えばいいのである。
 麦を食べ、麦飯がどうしても我慢ならず、まずく感じるもので白米が喰いたければ、白米が喰えるように努力すればいい。それを政治に期待するところから間違っているのである。麦しか食べられないのは政治の所為
(せい)ではない。

 どうしても真っ白い米が食べたければ、努力すればいいし、努力しても白米が喰えなければ、麦飯の中に楽しみを見つけ出せばいい。麦飯には麦飯でなければならぬ楽しみ方もあろう。それを工夫して考え出せばいいのである。
 そうすれば麦飯を食べる喜びも見つかる筈である。
 そして言及すれば、そもそも貧乏を恥じるところに間違いが発生する。

 貧乏人は麦を食え。
 麦飯は、貧乏人に限らず、麦飯を食せば、精白米以上に健康的効果は大きい。
 私は、六十半ばを過ぎたいまでも、毎日一日2食の食事の中で、玄米雑穀の中に必ず麦を入れて、玄米雑穀御飯を食べている。麦を食べて、決して不味いとは思わないし、また玄米雑穀飯自体を卑しい食事とも思わない。足るを知る、有難い主食である。この主食を中心に、少しばかりの近海で採れた魚介類の副食を食べ、この年まで有難く生かされている。

 日々贅沢を満喫出来るほど、大して裕福でもないが、しかし経済的不自由でもない。貧乏人は貧乏人なりに自由を満喫し、足るを知る生活を送っている。このうえ何の物質的豊かさを求める必要があろう。
 アラブの言葉には、「お前も私もパンを持っている。それなのにどうして羨
(うらや)むのか」とある。足るを知ればいいのである。欲望を抑えることを教えている。

朝食抜き(午前6時〜時の間は異化作用と同化作用の関係から排便タイムである。排便タイムの固形の食事を摂らない)の「昼(正午)」と「晩(午後6時。この食事時、一合ばかりのドクダミお湯割り焼酎が特別に付けられる)」の一日2回の足るを知る食事。そして、この食事に懸かる一日の食費は、いま末娘と二人で荒屋(あばらや)然としたビルに棲んでいるが、二人分で一日千円前後である。一日千円もあればそれなりに、肉体は賄えるのである。

 食事内容は実に蔬菜である。食事と言うより、「食餌」に近いかも知れない。足るを知る食餌法である。
 だが、蔬菜は貧しい食事でもないし、卑しい食事でもない。季節事の「荀の味」を楽しむ食事である。

 一方、一日30品目以上の副食を含む食事内容でなければならないとするのは、現代栄養学の大ウソ。
 況
(ま)して牛や豚などの四ツ足の動タンパクは、人間の歯型からして無用な食べ物。四ツ足を食べなくても、人間は生きられる。穀物菜食・魚介類だけで充分に栄養は賄える。

 私の場合は夕食6時以降の食事は摂らない。夜遅い食事は腰骨を傷めるからである。腰痛の病因は夜遅い食事にあり、食事をすると腰骨を弛めるが、それが朝まで弛み放しになると腰痛の病因となる。したがって遅い食事は、特に老齢期には適当でない。

 午後六時に食事をした後、一切の飲食をせず、その間、翌日の正午まで18時間断食。
 そして、一日1400Kcal前後の仙人食。それでいて、病気と共棲しながら毎日元気に働いている。

 河上肇の『貧乏物語』ではないが、貧乏をマルクス経済学の立場から論じ、人道主義立場に立って貧困を社会問題にしたところに大きな間違いがあった。マルクス経済学を啓蒙したところで、世の中から貧乏を駆逐することはできなかったのである。

 まずは貧乏を味わってみるのもいい事である。
 貧乏を味わうことは自己制御にも繋がり、また自己解脱にも通じる。贅沢な生き方以外に、異次元の精神的な生き方があることに気付かされる。質素倹約に徹し、物の有難さを教えられることすらある。しかし、贅沢な物に麻痺してはなるまい。
 更には、自性や環境の変化にも影響されないで、それに耐えうる体質も必要だろう。

 その意味では、人間は腹の底にガッチリとした肚構えがいる。動じない肚である。肚を据えることである。そして現代人であるからこそ、こうした肚の底に確たるものを持ち、時代や周囲の変化に順応しつつ、しかしそれでいて、動じない心が要るのである。
 自分の進むべき道を、真っ直ぐに進むべきである。動いても、動かない心が必要である。

 貧乏は自慢にはならないが、然程
(さほど)卑下するにも及ばない。赤っ恥をかくような赤貧でなければ恥じるに及ばないのである。それは、金持ちが金持ちであることを威張らないようにである。
 しかし、私を含む底辺の貧乏人は、貧乏によって卑しくなり、醜くなり、自らを“一億中流の上”に位置するなどと思い上がった時点で墜落が始まり、これを大いに恥じなければならない。
 もはやこうなると、同じ貧乏でも清貧から遠ざかり、赤っ恥多き赤貧となる。貧乏が憎々しき対象になってしまう。これでは貧乏をしている意味がなくなる。

 貧乏をすると言うことは、貧乏によって、人間が磨かれていることを自覚することである。磨かれて、光り輝くことを自覚しなければならないのである。貧乏していることを零
(こぼ)しているようでは、それは清貧でなく、恥多き、醜き赤貧である。
 貧すれば貪するのは小人
(しょうじん)の癖であるからだ。
 そして、単に貪欲な貪はよくないが、「鈍」なら我慢も出来よう。
 貪は仏道で挙げられている「三毒」の一つであるからだ。

 一方、鈍いだけのことである。切れ味が悪いだけである。
 そして鈍は鈍でも、心が豊かならば、麦飯を喰っていても、その中から創意工夫が生まれて、時として「大鈍」になることが出来るからである。のろまも此処まで来れば大したものである。
 つまり、これが鈍さから来る「ゆとり」であり、「余裕」であるからだ。
 人間は余裕ができれば、少々損をしても、多少のことには耐えられるからである。これも一種の肚構えであろうか……。


【著者作の自選1200句】

































<<戻る トップへ戻る 次へ>>

  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法