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さすらいの老夫 1

小説・さすらいの老夫







人は幻の中を歩く……。遠い日の幻の中を歩いているような錯覚に陥る。
 あれはいつだったかなあ……、いつか来たことがあるような……そんな幻の中を歩くのである。歳を取ると、そういう感覚に陥ることがある。



 人間は老いるものである。老いて、死ぬものである。死は逃れられない。生まれたものは、やがて死ぬ。
 生・老・病・死の人生の四期の中に、人間の一生がある。
 栄えたものは、やがて滅ぶ。自然の摂理だろう。
 この世には栄枯盛衰の理
(ことわり)がある。
 いつまでも、この世の春は謳歌
(おうか)出来ない。青春は束(つ)の間のことである。人の一生は長いようで短い。
 若いと思っていても、光陰矢の如し……。
 歳月の流れは、歳を取るごとに加速度がつく。晩年に至れば至るほど、その狭まりは急速である。見る見る間に死が近付いてくる。

 かの六朝時代の東晋の詩人・陶淵明
(とう‐えんめい)が云うように、「盛年(せいねん)重ねて来らず……」である。過ぎた若い時分は、もう、決して戻って来ない。
 月日は刻々と流れて行く。
 そして、「一日再び晨
(あした)なり難し……」である。
 同じ日は巡らないのである。
 今日一日は今日一日のことである。またとない今日一日は、もう再び巡ることはない。

 若い盛りは一生のうちに、二度とは来ない。確かにそうだろう。
 だから格言として、その時を空しく過ごしてはならない……そう教える。その通りである。
 しかし、それは老齢に達した老人にも云えることではないか。
 老齢期というのは、安易に時間を過ごしてはならないと思う。老人は、既に若者と比べて余命がない。生
(お)い先短い。残り時間が非常に少ない。
 二十代の若者なら、まだ大きな病気や交通事故、その他不慮の事件に遭遇しない限り、あるいは不摂生をしない限り、日本人の平均寿命からすると、有に六十以上は生きられるだろう。
 それに比べ、老人はどうか。晩年期を迎えた老人はどうか。
 死まで、秒読み段階である。若者のように五十年も六十年も残っていない。生い先短い。

 しかし、いま七十歳の老人はどうか。あるいは八十歳の老人はどうか。
 平均寿命から考えると、あと高々十年程度である。あと六十年以上残す若者と比べ、余すところせいぜい十年程度だ。年寄りの寿命は、此処にも残り時間の格差がある。寿命の格差である。
 ところが、寿命の格差は、よく考えれば残された時間が違うので、その濃密度や濃厚さを考えると、若者のそれとは大きく異なっている。老人の方が断然濃い。

 若者は後が長い。残り時間も長い。
 それに比べて七十代、八十代の老人は、もう余すところ幾らも残っていない。死が執行されるまでに、幾らも時間が残っていない。僅かだ。
 裏からこのカラクリを見れば、残された時間は実に濃密な密度を持ち、時間が粘り着くくらい濃厚なのである。同じ時間でも、濃厚のエキスが違う。
 その濃厚さは、死刑執行が、もう直き迫った死刑囚の濃厚な時間と匹敵する。同じエキスを共用する。

 人間、あまり時間が残されたいないとすると、残された時間に、何をしたいと思うだろうか。
 もう、残り時間がないとすれば、あなたは何をするだろうか。
 老齢期の時間は貴重なのである。

 光陰矢の如し……。
 団塊の世代と云われた戦後生まれの、大学紛争に奔走したあの頃の若者は、もう六十代半ばに達した。孫も居て、その孫も、もう中学生である。そして、残された平均寿命から換算して、残りは、せいぜい十年か、長くて十五年だろう。余命は短命である。たったそれだけだ。極めて短い。それも、病気や事故や事件に遭遇せずに……、と計算して、である。
 年寄りなので、下手をすれば危うい。当然、免疫力は失われている。何かの病気に感染したり、持病の抱えた病気が再発すれば、平均寿命を待たずに、この世から去らねばならない。年寄りの命は脆
(もろ)いものである。乙女のように儚(はかな)いのである。

 盛年重ねて来らず、一日再び晨なり難し……。
 陶淵明の詩である。実に趣が深い。しんみり迫ってくる。
 もう、後はないのだ。悲しいほど後がないのだ。

 老いた者が若返ることはない。子供になったり、赤ん坊になったりすることはない。再び母親の胎内に戻り、羊水の眠りから遣
(や)り直すことは出来ないのである。
 残された濃厚な時間を、しかと現代の人生の中で、後悔なきよう生きて、この濃厚なる時間が如何なるものか、あたかも死刑囚と同じような気持ちで、大事に生きなければならないのである。
 五十路
(いそじ)の人生の折り返し点を通過した者は、有終の美を飾るための準備を始めておかねばならないのだ。

 ちなみに、この物語はフィクションである。創作である。未来創作である。
 現在六十半ばを迎えた団塊の世代の一個人が、自分の過去の経験を元に、十年後を模索した物語である。
 75歳の、十年後の自分はどう生きているであろうか?……、ということ端を発している。
 架空の創作劇として、筆者が演じて行く物語である。だからフィクションである。一切は未踏であり、したがって、これより遭遇する事件も架空のものである。


西郷派大東流合気武術









第一章 大樹の陰の下で




●炎天下の中の老夫

 炎天下の中を男が歩いていた。耳に染み入るような蝉時雨(せみしぐれ)の中を歩いていた。むさくるしく、暑苦しく歩いていた。
 その男は、六尺はあろうと思える長い“桃ノ木”の杖をついていた。杖をついているが、別に足が悪い分けではなかった。足腰はしっかりしていた。恐らく桃ノ木は、御信用
(ごしんよう)の破魔(はま)の意味があるのだろう。桃ノ木には、そういう霊力があると信じられているからである。

 男は老人である。
 老夫である。老醜が漂った爺
(じじい)である。見るからに垢(あか)に汚れて、臭そうだ。そんな匂いが漂っている。それだけに、むさくるしい。だらしなく不潔である。
 しかし、腰は曲がっていない。脊柱
(せきちゅう)が腰骨の上に垂直に立った姿勢をしている。矍鑠(かくしゃく)としている。今時の年寄りには珍しく、矍鑠としている。
 姿勢はいいが、しかし、爺である。
 その爺が、杖を片手に、おろおろと歩いていた。暑さのためだろうか。まさに、おろおろだった。

 さて、年齢は如何程か?……。
 70歳前後だろう。そのように見当はつく。
 菅笠
(すげがさ)を被っているので、実際のところは何歳か分からない。案外若いかも知れない。しかし、貌(かお)半分は髭(ひげ)で覆われている。貌半分は白髭だ。そうすると、あるいはもっと歳を喰っているかも知れない。
 しかし、人相から年齢は判断し難い。
 それは目尻に“鴉
(からす)の足跡”という三本か四本の皺(しわ)がなく、貌は張りがあって、多少老人斑(ろうじん‐はん)のシミは浮き出ているものの、肌は喫煙者のようにドス黒くない。動物性タンパク質の食品を摂らず、血液が綺麗なのだろう。
 あるいは、血液を汚さない食べ物を好んで食べているのだろう。食性は穀物玄米菜食だろうか。それとも、いま流行
(はやり)のサプリメントの愛用者だろうか。
 いや待てよ。そんなはずはない。
 サプリメントの愛用者は少なくとも中産階級の「上」のクラスしか買えない。どう考えても、この年寄りに金があるようには見えない。貧乏人である。それは一目で分かる。着ている者から判断出来る。食い詰めた……ようにも映る。何しろ、むさくるしい。

 歩き方を検
(み)ただけで、朴訥(ぼくとつ)なことが分かる。傍目(はため)にはそう映る。確かに風体(ふてい)からもそう映る。
 しかし、いや待てよ……、となる。安易にそう断定出来ない。
 よく視ると、そうではない。それは眼の錯覚だ。
 遠くから一目検
(み)ただけで、田舎者であることが分かる。しかし、この見解は違っている。
 田舎者であることは確かだが、一癖も二癖もありそうな人相風袋である。それに卑しい。下賤
(げせん)である。大した身分でないことは一目で分かる。

 貌
(かお)を見ただけで一筋縄では行かない、しぶとさを湛(たた)えている。老獪(ろうかい)を思わせる。それだけに品性は卑しい。充分に卑しい。如何わしいとも云える。
 違反・違反・違反……。
 何処を見ても違反である。
 体形が違反、人相が違反。何処もかしこも違反だらけである。
 もし、この人間が試合場に居たのなら、審判員から即刻退場を申し渡されるだろう。

 貌じゅう白髭だらけである。
 それは髭を生やしているというより、無精髭が伸びて、そうなったのであろう。自分の貌の手入れもしないほどズボラである。卑しいからズボラなのである。ズボラだから卑しくなるのである。
 この観察は『予定説』に適合している。
 予
(あらかじ)め卑しくなるような結果が、ズボラという原因を派生させているらしい。
 
そうした田舎者の爺(じじい)が、炎天下の中を歩いていた。おろおろと歩いていた。歳だけに、そう映る。

 しかし、能
(よ)く観ると歩き方は、落ち込んでいるでもなく、足を引き摺(ず)るでもなく、また前途洋々でもなく、ただ歩いているという感じだった。杖はついているが、そのように映る。
 あるいは暑い所為
(せい)で、やはり“おろおろ……”という感じがしないでもない。見間違えば、それは天骨というふうにとれなくもない。そういう癖しているのかも知れない。それが一癖も二癖もというふうになったのだろう。
 だか、この描写だけでも、未
(ま)だ言い足りないものがあった。

 爺の足許
(あしもと)である。履物である。
 爺は地下足袋を履いていた。破れて、穴の空いた粗末な地下足袋を履いていた。
 衣服はボロを纏
(まと)っている。継ぎ接(は)ぎだらけのボロを纏った、そういう粗末な物を着ていた。下半身は継ぎ接ぎだらけの木綿の藍(あい)染めの野袴。ズボンのような袴だ。
 上半身は腕部を捲
(まく)り上げた、襟首がボロボロに擦(す)れた厚手刺子(あつで‐さしこ)の藍染め道衣。こうした衣服を粗衣(そい)というのだろうか。

 そう云う風体からして、何かを秘めている。怪しさを秘めているのだ。
 いったい野郎は何ものか?……。
 しかし、未
(ま)だ、そこまでは早まるまい。もう少し観察が必要だ。

 乞食と云えば、乞食に見えなくもない。しかし乞食にしては、妙なものを肩に背負っていた。肩から斜めに、三尺ばかりの棒のような革製の袋を背負っている。あの袋は何なのか?……。
 それだけに、頭上から足許まで時代遅れであり、また、病的趣味とも云えなくはなかった。
 人には明かせない何かを秘めているのだ。あの面構えからして……。

 心中に、他言無用の隠し事があるのかも知れない。それが、貌の額の皺
(しわ)から見て取れる。刻み込まれた深い皺から、それが滲(にじみ)み出ている。そういうのを“苦悩”というのだろうか。
 人相学的にいうと、人間の貌は「第二の脳」という。第二の脳には計り知れないものを秘めている。そういう秘めた物を抱えた老夫が歩いているのである。何かを秘めているように……。

 しかし、身体的な故障箇所は何処にも感じられない。健康という訳でもないが、別に不健康という訳でもない。一見、健康そうに見える。
 しかし……と思う。果たして健康なのか。
 健康そうに見えるということと、健康であるということは意味が違う。健康そうに見えても、持病があるのかも知れない。持病は皆無でないはずだ、あの歳で……。
 爺である。
 長生きをすれば、したで、人間はそういうものを抱えるものだ。
 何かを抱えているのだろう。やはり、そう映る。
 逆の見方をすれば、ヤワなように見えて、気骨だけはしたたかなのだろう。それが老獪なる所以
(ゆえん)であろう。
 それだけに、どうみても善良な市民とは思えない。裁判所が定義する“善良なる市民”でない。民主社会の善良な市民でない。
 観察眼をこらして、よく観ると、おそらく悪党の部類だろう。どことなく悪党に見えなくもないのだ。結構な、ワルかも知れない。

 その男は歳を取っていた。
 歳を取っているから老夫という。爺という。当り前のことである。確かに爺だ。
 それを一々註釈する訳ではないが、しかし、老夫に老獪さが、くっきりと浮き出ている。そういう貌付きをしている。
 人相学的には、こうした貌を何といおう。深く観察すると、何といおう。
 策士の域を秘めている……とでもいおうか。
 何となく得体の知れなさがある。そして目付きが鋭い。人の心を見透かすような目付きをしている。尋常ではない。

 もう一度、年齢を想う。
 年齢は、もうとっくに六十半ばを超えた貌だった。いや、七十は超えているだろう。貌に刻まれた半生以上の皺
(しわ)が、それを雄弁に物語っている。
 やがて炎天下の熱風を避ける為か、寄らば大樹の蔭を決め込んだ。その年寄りは、そう考えたのである。
 少しばかり智慧
(ちえ)は回るらしい。智慧と言っても、たかだか猿真似(さるまね)程度の小智慧であろう。それだけ智慧が回ると言うことは、一方でしたたかな合理主義者の一面も持っているようだ。
 バカでもならしい。狂ってもいないようだ。
 どうみても、痴呆症の徘徊
(はいかい)老人ではないらしい。それに、些(いささ)か重装備を思わせる荷物を背負っている。あれは何だ?……。

 何故ならば、老いぼれても、生存本能だけは盛んであるからだ。本能に任せて楽な方を選んでいるからだ。
 それは貌を見れば分かる。その旺盛な生命力が、また、したたかさを滲
(にじ)み出させている。その体躯にも……。
 ずんぐりの体躯が、そう思わせる。
 ざっと見て、身長は170cm前後だろうか。そして体重は70kg前後だろうか。
 どう間違っても、スマートではない。ずんぐりむっくりである。“ひよこ饅頭”のように、オットセイのように紡錐形である。胸は厚く筋肉質である。だいたい、この爺、何ものなのか?……。
 そう穿鑿
(せんさく)せずにはいられない。それだけに興味を引く。惹(ひ)き付けられるものがある。

 若い頃、何かで相当に鍛えたのだろう。
 その面影が全身に滲んでいる。手首も太そうだ。腕も、異様な“ヘラブナ型”をしている。とにかくデカい。異様にデカい。
 あの異様な腕は、どうやって鍛えたのだろうか。それは素人には皆目検討がつかない。
 しかし、若い頃から、つい最近まで、何か異常な方法で鍛えていることは明白だった。あの腕で、何かを握るのだろう。その鍛え方がクレージーであることは言うまでもない。畸形
(きけい)に近いクレージーである。

 何しろ外は炎天下である。猛烈に暑い。だから大樹の蔭に入る。
 したたかとはいえ、日陰に入りたいと思うのは人情だろう。ついに年寄りは大樹の蔭に転げ込み、一時の至福の場を探し当てたようだ。此処で一息つく気で居るらしい。
 年寄りは、急にコミカルな足取りで、大樹の蔭に逃げ込んだ。逃げ込んだ大樹はケヤキだろうか。
 長い年輪を刻んだケヤキである。普通ケヤキは山地に多いが、この地では防風林として遣われてきた歴史があるらしい。あるいは昔は、旅人の日よけとして、その当時の人が植えたのだろうか。

 辺りを見渡せば、此処は街道筋に見えないこともない。もしかすると昔は街道の脇に、人の手によって涼を取るための木陰をケヤキによって作ろうと考えたのかも知れない。その数は何本だったか分からないが、今ではこの大樹が疎
(まば)らに数本だけ残っているらしい。植えられた当時、このケヤキは小さな日陰しか作れない小さな樹であっただろう。
 だが、百年経ち、二百年経って、この樹だけが大樹に成長したらしい。そしてケヤキは旅人にひと時の憩いを与えたのかも知れない。
 炎天下、旅人は涼を求めて大樹に逃げ込む。その下に腰を降ろし、竹の水筒から水を飲んだり、握り飯を頬張ったりしたのかも知れない。ひと時の休憩の場がこの大樹であったのだろう。

 時代が移り変わったが、旅人は誰も同じ発想をするようだ。
 大樹に逃げ込んだ老人は思う。
 ちょうどいいところに大樹があり、渡り舟……と思ったのだろう。そうに違いない。これこそ、寄らば大樹の蔭……と得心したのだろう。その安堵
(あんど)が貌にあった。
 そこは強い日差しを遮
(さえぎ)る、まさに大樹だった。安堵を思わせる大樹だった。

 年寄りは菅笠
(すげがさ)を脱いだ。
 かの種田山頭火
(たねだ‐さんとうか)の句に、「まったく雲がない笠をぬぎ」というのがある。
 その句を彷彿とさせる脱ぎ方だった。

 そして、おやッ?……と思う。
 頭の恰好だ。異様である。
 卑しい風体の最たるものは禿
(はげ)だった。頭部天頂は見事に禿げていた。“つるキン”である。側壁に僅かな白髪を残して。
 ただ禿げているだけなら、未
(ま)だ許されよう。しかし、頭の天頂が尖(とが)ってビリケンだった。これは許せない。絶対に許せない。尖っている。異様に尖っている。頭部前方に傾斜面を作りながら、尖っている。
 そうしたビリケン頭が、更に卑しさを増すのであった。それだけに、決していい生まれではあるまい。下賤の生まれであろう。その尖りようからして、実に卑しい。高僧ではあるまいし……。

 したたかな年寄りも、猛暑には弱いと見える。
 大樹の下に腰を降ろした。安堵するように、である。これで一息ついたというふうに、である。
 何処からかの自力移動で、やっと此処まで来たという感じだった。安堵している。一息ついて安堵している。またその安堵が、年寄りに辺りをぼんやりと眺めさせる仕種
(しぐさ)を与えたようだ。あるいは思考が始まるのだろうか。
 腰に下げていた手拭を取り、それで貌を拭っている。拭いながら、やれやれと言う表情をしている。それはまさに安堵の表情であった。

 日陰に入って安堵と一息ついているところだった。老いても、それくらいの感情はあるらしい。何と小憎らしいことか、爺のくせに……。それに禿げ・デブ・チビの三拍子揃った三醜は決して許されない。
 頭はまさしく剥げている。それに体重70kgと言えば、刑務所の体重評価ではデブの部類だ。刑務所では体重69kg未満と70kg以上とでは食事の配給量が異なるのである。日本では、70kg以上は大食漢のデブとして扱われる。
 また自衛隊では、新入隊員の自衛官候補生が、初日の身体検査で体重が75kgを超えていると、筆記試験の合格者もこの日をもって不合格になり、即刻帰宅が命じられる。
 この国では、デブは広く嫌われているようである。

 更に身長170cmといっても、今どき決して高い方ではない。日本も若者の身長は昔と異なり、伸びの一途にある。男子で190cmとか180cmなどはざらにいる時代である。それに比べると170cmでは、むしろチビである。
 まさに、三拍子揃えば三醜である。この爺は三醜の標本のような年寄りである。これが何とも小憎らしい。それに尖ったビリケンの禿頭をぴしゃっと叩いたら、どれだけいい音がするだろう。どれだけ気持ちがいいだろう。きっと滑稽な、小気味よい音がするに違いない。それだけに小憎らしい。

 しかし時々哀れを装う表情をする。見る者によってはそう取れなくもない。物乞いモードに入って、お貰いのポーズをする。大した役者である。哀れを装うのは、これまで乞食として生きて来た世渡りの処世の一種だろうか。
 それにしても安堵が漂っていた。
 その安堵から、何かしら、年寄りの側面を垣間みさせ、ほっとした小心者の仕種
を漂わせたのであった。心の裡(うち)は小心者である。そう映る。しかし二面性を持っている。それが不思議なところである。

 木陰では、風は吹く度に木漏れ陽が揺れる。風で青葉が揺れ、そして地面に当たる陽光も揺れているのである。辺りは夥
(おびただ)しい蝉の聲(こえ)である。大樹に何かが貼り付いている。びっしりと、油蝉である。
 年寄りの日焼けした貌下半分は、無精髭が伸びたと思える白髭で覆われている。その年寄りは大樹の下に腰を下ろし、一休みしている。その風体を、何と表現していいだろう。

 あるいは、牧歌的に表現すれば、古代中国の泗水
(しすい)の畔(ほとり)で釣り糸を垂れる老人に見えなくもない。贔屓目(ひいき‐め)に見て、そう見えなくもない。
 角度を変えれば、「泗水の学」のメンバーになれなくもないようだ。あくまでも贔屓目だが……。
 大した学があるようにも見えないが、またバカにも見えない。痴呆
(ちほう)とは無縁の人相をしている。
 ちなみに泗水の学とは、古代中国の孔子に由来する。

 孔子が泗水の畔で、弟子たちを学を教授したことによる。泗水は中国山東省にある川である。この川は陪尾山に発源する。そして、南西に流れて孔子の生地の昌平郷
(へいしょうごう)陬邑(すうゆう)の曲阜(きょくふ)を経由し、更に済寧(さいねい)を過ぎて魯橋鎮で大運河に入る。かつて、この辺りを魯(ろ)といった。曲阜は周代の魯の都である。孔子は魯の人だったからである。

 反面、哲学者のような貌をしていた。それだけに始末が悪い。そして、したたかさを思わせる。本来なら、バカか賢
(かしこ)に偏っている。一方に偏っている。
 ところが、中庸を保っている。何故だ?……。
 ここがしたたかなのだ。
 偏りが、中庸のために検討がつかない。それが、したたかさを思わせる。何故か、したたかなのだ。爺のくせに……。
 転んでも、タダでは起きない面構えをしている。それが異様である。無気味である。

 年寄りは坐り易い場所を見つけ、荷物を降ろし、腰掛け、次に肩から斜めに下げた古い軍用水筒を手にし、一気に水を胃袋に流し込むように乱暴に呷
(あお)るのだった。
 古い軍用水筒……それは大方、一世紀前の物に思われた。
 1930年代の物だろう。旧日本陸軍の軍用水筒である。
 何故そのような物を携帯しているのか分からない。もしかすると、あの歳でミリタリーマニアなのだろうか?……。いや違うらしい。
 古い物が捨てられないのだろう。貧乏性なのだろう。恐らく、父親か誰かの軍隊当時の物なのだろう。それを使っているのである。

 その一挙手一投足が、次にどのように変化するか、手に取るように分かるのである。あるいは、これが人間一律の在
(あ)り来たりな行動原理かも知れなかった。
 呷り、そして手の甲で口を拭う……この一連の動作が克明に分かるのだった。何処か、うらぶれた哀愁を漂わせていた。
 みすぼらしくもある。落ちぶれても居る。尾羽打ち枯らした……という感じがしないでもない。

 みすぼらしさの中に、波瀾万丈
(はらん‐ばんじょう)の過去を抱えているようでもあるが、それを、ものともしてないようである。したたかに、裏の貌を持っているようだった。今はそれを隠している。

 裏とは、常に人とは異なる行いをして来た人間のみに認められる苦行の年輪である。この老夫は、常人でない。異質の年輪を刻んでいるようだ。それも深い。
 奇怪な一面を漂わせている。奇怪な威圧がある。どことなく近寄り難い。

それは安堵を与える大樹だった。

 年寄りは、水を呷った後、一息ついて、はたと我に返るのだった。一呼吸だけの余裕を取り戻したのである。その表情は可愛くもないが、別に憎々しくもない。
 しかし、これまでの歩き方を見て、少しばかり小憎らしい。年寄りらしく、よぼよぼしてないところが小憎らしい。矍鑠
(かくしゃく)としているところが小憎らしい。

 それでも年寄りだ。
 気に掛けることもあるまい。捨て置けばいい。
 ただ少しばかり、可哀相な一面を思わせる。
 何故なら、あの歳で一人だからだ。そのように映る。独り者のように映る。
 妻も子も孫も居ないのだろうか。身寄りはないのだろうか。そのことが気に掛かる。それを思うと、少しばかり可哀想になる。人間として同朋を哀れ見る感情だろうか。

 それは落ちぶれた哀愁を漂わせているためだろう。長い人生の疲労が感じ来でもない。爺の背中から、哀愁が漂っていないでもなかった。
 それが、本来のしたたかさと相殺されて、帳消しになっているのかも知れなかった。
 あの歳になって……という同情が走らない訳でもない。
 家族も居ように……と思わない訳でもない。あるいは居ないのかも知れない。独りぼっちの年寄りに見えなくもない。そうなれば、やがて孤独死の運命を辿るだろう。それを考えると、少しばかり可哀想にも見える。あるいは、それはポーズか……。

 また、そういうものが皆無だから、この年寄りは薄汚れたボロを身に纏
(まと)い、乞食(こじき)同然なことをしているのだろう。家々のゴミ箱を漁(あさり)り、残飯を見つけ出して、それを喰らっているのかも知れなかった。野良犬みたいな奴だ。不潔を満載していて、汚らしい感じもする。
 あるいはホイトウ……と呼んでもおかしくなかった。
 そう思うと、まさにホイトウだった。
 やはりこの爺は、ホイトウなのだ。
 いま、ホイトウが大樹の下で一休みしているのだった。何と、胸糞
(むなくそ)の悪いことか。
 確かに胸糞が悪い。しかし、だが……と思う。
 何か哀愁じみていた。寂寥
(せきりょう)が漂っていた。
 この爺さまの背中には、漂泊したい、乞食
(こつじき)の旅こそ尊し……というものが漂っていた。


 ─────禅には、一週間を一日に譬
(たと)えて修行する『臘八大摂心(ろうはつおおぜっしん)』と言うのがある。
 つまり一週間、七日間を、「一日」に譬えて修行するのである。
 この七日間は、釈尊が菩提樹の下で七日間の坐禅の後、未明に悟りを開いたことに因
(ちな)んでいる。
 『臘八』とは、臘月
(ろうづき)の八日を顕している訳である。
 したがって、禅宗では十二月一日から同月七日までを釈尊の悟りを開いた日にちに因んで、この時期を“臘八大摂心”といい、この一週間の一日に譬えて厳しい修行をするのである。

 一週間を一日……。
 考えれば「厳しい」の一言に尽きる。
 一週間の、この時間を、「一日」にして修行するからである。一週間を「一日」に見立てるのである。

 凡夫
(ぼんぷ)ならば考える。
 食事は?……、入浴時間は?……、寝るときは?……と。
 しかし、禅宗における臘八大摂心は、「雲水殺し」と異名を持ち、これを見事に耐えられることを本分とする。耐えねばならないという決死の覚悟で、雲水たちは臘八大摂心に臨むのである。
 さぞかし、辛かろう……。

 さて、私の場合である。
 私は、物語の中では「一日を一週間」に譬えた。小説になりようがない小説である。
 もし、これが「商業用小説」で、原稿枚数に制限のある場合は、とてもその制限を満たすまい。出版社から、「そんなものは商業用になるか!」と叱咤を喰らうことだろう。
 ところが、わがネットでは、そんなものはクソ喰らえ。一切関係なし。
 そういう物を気にせずに、伸び伸びと、自由に、自分の表現したいことを表現する。これこそが「本当の自由」というものではあるまいか。
 その自由に“お相伴”して、この物語は展開する。

 一日という時間を、小説などが用いる七日間相当を、「一日」に譬えて、この物語は展開しているのである。
 時間進行は遅々として遅い。
 濃厚だからだ。
 読者の考える時間進行を、かなりの遅さで狂わせてみた。
 出来れば濃厚時間に狂わないで欲しい。
 だから、おおよそ一週間を「一日」の時間の譬えて表現してみた。奇妙と思われるだろう。
 この奇妙を、そのまま“奇妙”と受け流して頂きたい。ついでに、時間進行など忘れて頂きたい。「今」があるのだ、そう言う気持ちで読み進めてもらえれば光栄である。

 時間とは、年老いると、何とも一日が濃厚な時間になる。若者の時間とは異なる。
 老いの時間の濃厚なるが故である。
 一日の長きを、読者諸氏は御許し願いたい。その御許しによって物語を展開する。
 したがって、濃厚に表現する“克明なる”ものを記してある。主人公が思考する時間も長い。
 濃厚なる時間を大いに思考してみたい……。

 世の多くは「一日」という限られた、今日一日を些
(いささ)か曖昧(あいまい)に、無頓着に、時間潰し的に見逃しているのではあるまいか。
 ところが「一日」を観察眼を発揮させながら眺めると、何とも奇妙で、一日とは短いようで、これが何とも長い物なのだ。短いようで実に長いのである。それも、歳老えればの話である。こうしたことは若者には理解出来まい。
 流れ行く日々は、老人と若者とでは違う。
 老人の一日の思考時間は、何とも長いのである。牛の涎
(よだれ)の如し……。
 読破するにはその覚悟が要ろう。
 この物語は、一週間を小説スピードで「一日」に譬えて表現していることをご容赦願いたい。



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