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霊臭が匂い始めた日本人1

霊臭が匂い始めた日本人







ムンクEdvard Munch/ノルウェーの画家。表現派の先駆。1863〜1944)好んで病患と死とを主題に選んだ。版画も多い。代表作『叫び』などがある。
 この「叫び」は、現代人への警告のメッセージにも思える。


 世に「霊眼」とは「霊耳」という言葉がある。
 また霊眼とか霊耳と言えば自称霊能者も含めて、「霊」と云う言葉を使う。
 では「霊臭」とは何か。

 肉喰った「報い」から起こる霊現象である。
 現代の世は“新興宗教花盛り”である。宗教に時代は終わっているにも拘らず、新興宗教だけは相変わらず宗教産業として大繁盛している。
 その繁盛の裏には、自称「病気治し」が含まれる。
 しかし、此処にも不可解はある。「病気治し」と自称しながらも、実は教団の集金システムのための“自称”に過ぎない事実である。それは教団幹部を見れば一目瞭然となる。

 高級外車に乗り廻し、豪邸を構え、肉や乳製品などを始めとする美食を喰らい、美酒を呷り、煙草をふかし、妾をつくり、それでいてどうして病気治しが行えるのか。
 自称病気治しの裏には、この手の搾取が多い。
 そして霊臭とは、こうした搾取の匂いが霊的攪乱のよって下々に、大衆に流布されたと検る。昨今の肉食文化はそれを如実に物語っている。
 また、背景には、よく人が集まる教団には、必ず低級霊の巣窟となっている嫌いがあり、こうした局面からも霊臭は漏れ出している。

 そもそも己の心と肉体を磨くための宗教と言う「行」が、自己錬磨の怠慢を犯し、「食」を乱して血液を汚染し、それでいてどうして病気など自他ともに治る筈がない。
 教祖が神の体現と崇められている教団の多くは、巧妙な集金システムが確立されているため、信者の数を殖やすことに余念がない。病気治しの実態を裏側から視れば、表側の表面からは「善を行う」ように映るが、裏では暴力組織と結びつき、政治と結びついたりして不正な資金が流れ込んでいるのである。

 昨今では自称霊能者が殖える傾向にある。
 だが、自称者の感知する霊眼や霊耳は間違いが多い。自称予言を始めとして、超能力や病気治しといった目先の諸現象は、もともと低級霊の仕業である。そして低級霊達は、肉食をすることを仄めかす。
 それに少しでも靡けば、忽ち霊臭の餌食となり、以降益々低級霊の肉食主義に填められて行くことになろう。




●匂いは人に悟られてはならない

 世に「隙(すき)」という一語がある。
 隙とは、気の弛
(ゆる)みとか油断とか、乗ずるべき機会を他人に与えたり、敵に腹を読まれたり、心の切れ目を与えることをいう。つまり、「窺(うかが)われ」かつ「狙われる」ということである。それは「猟(か)られる」と言うことと同義である。
 自分の短所や欠点を自分以外の第三者に晒
(さら)すことであり、昨今は隙だらけの人が異常に急増した。自分が晒している自分の隙に気付かず、自分のバカさ加減を他人から悟られてしまっているのである。
 特に「自分の匂い」を悟られている人は多い。

 この手の、第三者に割り込まれ、かつバカにされ、付け込まれる現代人の多くは、戦後の欧米食の大流行に影響されて肉食をする人や、胃病を患っている人である。これらの多くは、つまり「口が臭い人」である。
 口の匂いから「人間の程度が知れる」のである。

 特に口臭は甚だしい……。昨今はこう言う人が急増した。
 口臭が異常に臭いと言う人は、単に口の中が臭いと言うことでなく、上の口も臭く、かつ下の口も臭いのである。
 下の口とは大便を排泄する肛門のことで、現代人の多くは肛門自体も病み、痔瘻
(じろう)のみならず、中には既に大腸ガンを患っている人も多いようだ。

 下の口の臭い人は大腸ガンならびに直腸ガンの予備軍と言えるだろう。大半は内臓にガンを発症するようだ。それも下の方の内臓である。
 昨今の医療調査によると、大腸ガンを患う人は近年急増の一途にあり、その原因の一つには食生活の欧米化が挙げられる。

 現代日本人の間では、食肉や脂肪摂取量が急増し、また居酒屋ブームなどで、飲酒の量も急増し、それに比べて野菜摂取量が激減している。またこうした実情に加え、現代栄養学が云う一日3食の食事摂取が、今や一日4食は当り前、どうかすると一日5食や6食も摂る人がいる。飽食である。
 現代は「暖衣飽食の時代」と言えるかも知れない。

 コンビニの24時間営業のため、欲しい時にはいつでも食事が摂取出来ると言う状態になっており、現代人の多くは24時間の時間帯に、大半の人は間食を含めると一日4食が通常のようになっている。
 もう、こうした時代に生きる現代日本人は、かつてのように粗衣・粗食・少食の、日本に漸減時代があったことは知る由もなかろう。

 こうした食生活の急激な変化は、肥満の大きな誘引の一つにもなり、また一方で、食べては吐き出すと言う拒食症や、食べても食べても満足しない胃下垂状態の、満腹中枢が狂った状態になっている人が急増し始めた。
 前者は食べ過ぎ大食漢の為、体形は肥満体だが、後者は肉体反応が見掛け上殆ど少ない、スリムで痩せ形の人である。一見を後者に人は、人も羨
(うらや)む痩身体形だが、実は胃下垂などの、所謂(いわゆる)「どんぶり腹」状態であり、それだけに病的である。
 しかし、自分の病気に気付く人は少ない。
 スリムな体形をしているため、自分では健康であると妄信している。

 ところが、である。
 まず、こうした後者の人は背骨上部が曲がった「猫背」である。次に胃下垂を患っている為に、異常に口臭が臭い。まさに下の口と同じ匂いをさせている口臭の人がいる。
 この臭さは内臓脂肪肥満が原因とする、メタボリックシンドローム
(内臓脂肪症候群)のある人如きでなく、口臭自体に異常性をもった病変を既に抱えているのである。また、胃病の危険シグナルも警鐘を鳴らしていると言えよう。
 根源には、胃下垂を中心とした病変を抱えているようだ。

 胃下垂は直ぐに口臭に反映する。
 そして口臭が口内に取り憑
(つ)くと、中々解放されない。胃の整調が以降思うように行えなくなるのである。
 臭いと言う霊的なものが侵入し、取り憑いて肉体を占拠してしまうのである。そしてこれが一旦取り憑くと、生涯取り憑かれ、そのまま結末を辿る場合が多い。完治し難いのである。肉体に取り憑いた「霊障」であるからだ。

 口臭に病的な問題を抱えた人は、初期状態では、例えば心因性ショックなどによるストレスが原因だが、それは時間が経つにつれ、内臓へと深く侵入して来る。時間とともに侵入速度を増す。
 人間の肉体は「時間とともに酸化する」と言う状態にあるから、時間だ経てば経つほど、深層部まで侵入され、犯されて行く。その場合の体形は肥満体と言うより、身体的体系的には痩せ形で身長も標準以上の人に多い。標準体重以上に痩せている人は、霊障に肉体を占拠されてしまった結果と言えよう。

 昨今は、ネット上でも自分勝手な素人断食をして以後、障害を引き摺っている人が多いようだが、拒食症などはその典型と云えよう。こうした病変が顕われるのは断食で失敗したばかりでなく、後遺症として霊障が取り憑いたことを意味する。そして体躯は病的である。
 例えば、“脚が異常に細い”とかの痩せ過ぎの人は霊障を抱えた人である。成人していても検
(み)るからに、低年齢の子供のように「細い」と言う場合は、何らかの霊障を抱え、その証拠に霊臭を発しているから、異様に体臭が臭く、また吐く息も異様性を持っている。

 節食も度を過ぎれば病的となり、また霊的見地からすれば、玄米穀物菜食以外の食事をしている人で、特に動タンパク食品摂取や外食
(コンビニ弁当やファミレスなどで食事をする人には、近頃霊臭のする人が多くなりました。口からだけでなく肉体表面の毛穴からも匂いが漏れている)をしている人には、この傾向が多く見られる。加えて、近年大流行をし始めた肉食である。
 肉食を始めとして、それに付随する乳製品や肉加工食品などもその元兇となっている。動タンパク摂取過剰であるからだ。

 現代日本人の食生活は、戦前や戦中と一新してしまった。蔬菜
(そさい)で満足していた時代は疾(と)っくに遠退いている。
 戦後はその甚だしさが顕著であり、特に近年は食の乱れで食傷を患う人が多くなった。並みの普通食では飽きが来ているのである。もっと美味いものはないかと奔走する時代となっているのである。
 昨今は、美味い物と聞けば何処にでも出向いて行く時代である。

 既に述べたように、常に間食状態にあって、一日4食で当り前。多い場合は一日5食も6食も喰らい、霊学でいう「どんぶり腹」状態である。
 食べたければ、24時間何処に居ても食べられる状態にある。金さえ出せば、如何なる時でも満腹状態が達成出来る。現代の金銭至上主義は、こうした現実まで招いてしまったのである。

 好きなものを出来るだけ多く摂る食事も、病んだら病院通いして治療する事も、金次第の現代の哀れむべき日常。
 これは日常が非日常に変化すると、これに耐えられる人は少ないようである。
 常に何かを腹の中に詰め込んでおくという実情が、今日の醜態を招いている。食傷で現代人は病んでいる意外に多いのである。

 食べ過ぎれば、水分摂取過剰となり、胃が重たくなって胃下垂状態となり、胃下垂の位置が腰骨付近まで下がり、「食べても食べても肥らない体形」となる。これを好ましいとする人が多く居るようであるが、大変な間違いである。
 身体反応では、食べれば肥るが肉体の正常反応であり、食べても肥らないのは異常である。その異常が「口臭が酷い」という赤信号現象である。それを霊的に検
(み)た場合は、それに霊臭現象が始まっていると判断すべきである。

 この現象界では、作用と反作用の世界であるから、必ず作用に対して反作用が起こる。
 また、断食並びに絶食をすれば、遣っている期間中はいいが、その終了後にリバウンドが起こり、逆に大食になって断食を失敗する人が最近では殖えている。

 つまり断食ならびに絶食は遣っている間はいいのだが、その終了後に大きな障害を背負う人が多いようである。
 特に正しい断食指導者について、断食開始から期間中、更には一番の山場である「断食終了の期間」の食生活が大事となる。

 この期間でリバウンド
(断食や絶食をすれば、必ず飢えた状態の餓鬼が起こる)が起こり、揺り戻しが起こると総て水の泡となる。断食の失敗と言えよう。
 断食中、これまで抱え込んだ病的な現象が一気に吹き出すから、口臭のある人は更に口臭が酷くなり、体臭のある人は肉体表皮から異状が吹き出す。
この状態は決して悪い状態ではないのであるが、断食を終了して、その後の補食期間の食事に対する姿勢が問題となる。徐々に戻して行くということが難しいのである。
 補食期間の食事法を誤れば、旧
(もと)の木阿弥である。つまり正しい食餌法を知らずに自分勝手な自己流の断食をすると、危険と言うことである。

 だが、平和ボケのただ中にある現代人は、本当の「危うさ」を知らない。
 補食期間には「揺り戻し」が起こる。異常に食欲を感じる。それに負けて、思わず過食をしてしまう。遂に、以降飽食に陥る。胃を大きくし、胃を重たくし、そして胃下垂状態にしてしまう。体型的には、どうしても水分で重たくなった胃は下降することになり、脊柱が下に引っ張られるから“猫背”となる。

 断食をすれば痩せる。断食をすれば病気が治る……。
 この辺を間違っている人が多いようだ。
 断食をすれば……が、そもそも間違いであり、安易な思慮の浅はかな行動願望があろう。
 正しい断食をしなければ、その比でないのだ。一番危ういのが、手順を踏まない無計画な自己流の断食である。準備も、また徐々に緩やかに戻す補食期間の大事である。これを無視したり、知らない人は多い。
 それに間違いだらけの栄養学が輪を掛ける。

 また現代人に、肉と野菜をバランス良く、一日30品目以上の食事とする間違いだらけの、時代を代表する現代医学、更には現代栄養学。そして一日30品目以上の御数
(おかず)を真に受ける……。断食明けには、“現代”と名の付く科学的?なものへ眼を向ける。

 かくして自己流の断食は、旧の木阿弥に帰する。
 健康になる為の断食が、間違っていたので却
(かえ)って不健康になり、これまで以上に病変して悪化させた。
 心を強くし、確固たる意志を得る為に断食をしたが、以前より心身ともに脆弱になった……。頑張りの利かない躰になった……。口臭も一段と烈しくなった……。大便が異様に臭くなった……。食が細くなった……。逆に、食べても食べても肥らなくなった……。
 断食をした人の大半から聴く言葉である。此処に素人断食の怕
(こわ)さがある。間違いだらけの「危険な断食」をした結果である。
 更に補食期間を危険に晒すのは現代栄養学の、間違いだらけのカロリー主義と一日30品目以上の御数の多さである。これに混乱する人は多い。
 この落し穴に気付いている人は少ないようだ。

 何事も改善するとなると病変は一朝一夕には解決しない。病んだ時間の三倍の時間が掛かる。
 つまり、病気にならないことを考えるのではなく、病気になっても直ぐに治る体質を造り、もともと人間の肉体は借り物であるから、死んで逝くときは借主に返すために、出来るだけ正しい状態で返さなければならない。これが人間として人生を学ばして頂いた者の礼儀である。
 長生きをしても、老醜を漂わせてはいけない。そういう“爺むさい匂い”は、返却時には消去しておかねばならない。そして、生きているうちの修行と礼儀として、肉体的な破損は出来るだけ小さくしておかねばならない。出来るだけ、借りた時の状態に復元する努力が必要なのである。
 自分の肉体は借り物である。借りた肉体を刺青などで傷付けたり、勝手に改造したり、汚したり病んだりしてはいけないのである。この穢れは、後々祟り、死に態
(ざま)を悪くする。

 死んで逝く際に、病んだ肉体を返しては、事故死に他ならない。不自然死である。
 死に逝く者の努めは自然死に近い状態で、やすらかに肉体返済をする必要があるのである。
 つまり体力の有無ではなく、体質の善し悪しが決め手となる。
 これそこ、自分に取り憑いた霊臭駆除である。ウンコ臭い霊臭は、上の口からも、また下の口からも匂ってはならず、生きている間に自身の自浄努力で、匂いは駆除しておかねばならないのである。

 匂いは悟られてはならない。
 特に自分の匂いは、そうでなければならない。自分の匂いを他人に悟られてはならない。
 それは上に口の匂いも、下の口の匂いも同じである。男も女も、である。
 この世の生は、生を通じて「死の予行演習」をしているのである。死に際の清々しさが大事なのである。悪臭を蒔き散らせての、見苦しい死に態
(ざま)は不名誉極まりないものである。

 人間が生きるとは、「慎むことを知る」と言うことであり、生きている時は出来るだけウンコ臭い匂いをさせることがなきよう、礼儀を知り、また匂いを他人に悟られないと言うのがマナーである。

 そして、いよいよ死の本番となったら、死出の旅の事始めは、匂いを散らさず清々しくありたい。無臭に限りなく近いことこそ、死に逝く者のマナーである。このマナーを逸すれば、その人は死後、不成仏になると言う。

 肉体は借り物である。
 天から与えられた借り物であり、決して“自分のもの”でないのである。自分は肉体を預かったのである。借りたのである。借主なのだ。
 此処を勘違いしてはなるまい。

 肉体は決して自分の物でなく、自分勝手に遣うことが出来ず、傷付けることも許されず、天からの授かり物であるということを承知しておくべきである。
 況
(ま)して、借り物に悪臭を付けるなどは以ての外である。それは「必ず返済をする」というのが、この現象界での掟だからだ。

 臭い匂いの儘、返却すれば、これこそ恥知らずではないか。臭いは、消す努力を怠ってはならないのである。
 現代社会で、どれだけの人がこの世を去る時、正しい状態で、正しい体質で、出来るだけ心を配って損傷を少なくして返済しているであろうか。



●霊臭が匂い出した現代の日本人

 現代人ほど、「霊臭」を抱え込んだ人間は居ないだろう。霊臭とは、すばり言うと「うんこくさい臭い」をさせて、これを無意識のまま周囲に振り撒いている人のことである。

 元々、「霊臭」の元凶には、まず「四ツ足動蛋白食品」重視の“食事の悪さ”が影響している。動蛋白摂取過剰である。そして、これが今日の生活環境と、その空間に大きな関わり合を持ち、例えば、自分の棲
(す)んでいる「住居」と、食肉や乳製品などの四ツ足動蛋白が絡んだ「食」の悪さが相乗効果を起こし、霊臭と云うものを作り出している。
 つまり生命体には、物質並びに霊的なものに結びつく作用が発生するのである。

 特に生命体は、「生体」と「命体」の集合物であるから、霊肉共に人体を形成し、それに関与し、また生活空間からは、様々な霊的波調により、これが複合的に絡み合って、何らかの臭いを出していることになる。更に、人間は「食の化身」であるから、食と関連する臭いは甚だしいものがある。特に動蛋白重視の食品は、それを摂取すると、腸内で腐敗するという欠点を持っている。その最たるものが、食肉や乳製品などの動蛋白である。

「うんこ臭い」悪臭を派生させる現代人の食べる種々の食メニュー。

 こうした食品を無意識に、長期に亘り、摂取すると、体内に蓄積され、霊体の「肉(じし)食った報い」に絡むことになり、こうした食生活をしている人は、体臭の中に、霊臭が混じり、つまり、「死者の、死後硬直時」に見られる死臭を漂わせていることになる。しかし、この臭いに気付く人は極めて少ない。
 多くの現代人は、無意識のまま気付かずに、霊肉ともに「運を低下させている」というのが実情のようだ。

 この臭いは、生体の“毛穴”と“指紋”から侵入するので、一旦入ると中々取ることが出来ない。そして取り込まれれば、霊的分野を司る命体に記憶されることになり、そこで腐敗物として残留して行く。
 また一方、この臭いは「気
門」から侵入する。気門から取り込まれ、深層部に侵入する。それは意識中枢にまで侵入する。この侵入によって、霊臭が漂うことになる。

 人間は、もともと「非存在なる生き物」である。それが「存在」という現象を、人間現象界で繰り返す生き物だ。生きている間は、非存在なる生き物の存在理由を決定しているのは、人間存在の根底にある「意識」である。この意識は、「阿頼耶識
(あらや‐しき)」にまで及ぶ。この意識こそ、人間存在の根底をなす意識の流れである。
 この意識の流れの中には、経験を蓄積して、個性を形成する意識までもを司る。また、総ての心的活動の拠り所となる。

 この意識を唯識派では、「八識」の中の「第八識」と呼んでいる。
 旧訳
(くやく)では阿梨耶識と称し、略して阿頼耶・頼耶・阿梨耶・梨耶とも呼称する。したがって、深層心理にまで霊臭は絡み、霊臭が旺盛になると、今度はそこが発信源となり、逆のコースを辿って人体表面に異臭を発することになる。
 これが「旺盛なる霊臭」であり、この匂いのきつい人は、つまり「うんこ臭く」また「死臭」を漂わせている人なのである。そしてこの匂いは、発散が始まると、なかなか消すことが出来ないという厄介な問題を抱えている。

 したがって、霊臭が侵入すると、一週間や二週間では「死臭」と云うものは除去できるはずもなく、これは「臭い」として体内に残留するものなのである。こうした人の体臭が、つまり「うんこ臭い」とか「大便臭い」ということになる。あるいは「死臭」と酷似する匂いとなる。

 そして昨今のグルメに奔る傾向と、拒食症傾向にある現代社会は、この「うんこ臭い人間」を大量生産させている。その元凶はやはり、猫も杓子も、気取って俄
(にわか)グルメを自称していることだろう。その一方で、美食家を気取りながら、せっせとダイエットに励んでいることである。
 昨今の多くの若い男女は、“ダイエット・イコール・食べ残すこと”という図式を作り上げ、美食家を気取りながらも、食べ残すことがダイエットと信じているのである。これでは、あまりにも知性がなさすぎよう。

 普通、食事と排便の関係は密接であると考えられ、食事をする行為と排便をする行為は同じくらい大事な行為なのである。つまり、これが「同化作用」と「異化作用」だ。
 “同化作用”は生体物質を合成し、エネルギーを蓄積するのに対し、“異化作用”は生体物質を分解し、エネルギーを浪費させるというのが各々の作用であり、相反する方向性をもって、各々が異なる働きをしているのである。
 そしてこの二つの作用は、昼と夜で切り替わる。

 夕方から暁方
(あけがた)の夜間にかけては同化作用が優勢になり、暁方から日中にかけては異化作用が優勢になる。食事と睡眠が同化作用であり、排泄と活動が異化作用である。
 人間が食事を行うという行為は、心のリラックスと満腹感を得る為であり、これはやがて「眠り」という営みに導く。そしてその眠りの中で、同化作用はほぼ完了する。

 暁方に目を覚まし、目覚めたら食糧の不要物を排泄する為に便意を催す。
 これが一般に言う、朝食時間の頃であり、この時間は本来は食事をするのではなく、排泄をする時間なのである。
 一日二食主義という理由は、この事からも説明がつき、排泄時間に食事をするというのは大きな間違いなのだ。
 但し、胃を刺激する事によって、便意を催し、腸内の蠕動
(ぜんどう)運動を誘うには、水またはその他の野菜ジュース等を飲用するのが効果的であり、こうした液体の食物を摂っても構わないが、食糧となるものは余り感心できない。

 何故なら、朝の時間は排泄タイムであるからだ。排泄タイムに食事をするとは、異常な、現代の食習慣である。だから、朝は腸内の排泄物を出して、すっきりさせる必要がある。
 そして不要物をすっかり排泄して、身軽になったら、いよいよ昨夜まで蓄積したエネルギーを使って、異化作用の始まりとなる。これが順当な人間の一日の生活リズムであり、朝食時に食事を摂るのは誤りと言えよう。

 さて朝食時の排泄タイムに、胃袋を刺激する事は決して悪いことではない。寧
(むし)ろ排便反射を促す為に、大いに効果的であると言えよう。
 この時、天然水等の水でも構わないが、体質改善等を考えるには、「ヨモギ茶・ドクダミ茶・ゲンノショウコの煎じ汁・柿の葉茶・枇杷
(びわ)の葉茶・玄米茶・梅干におろし生姜(しょうが)汁・玄米スープ・高麗人参(こうらい‐にんじん)茶・ハブ茶・ハト麦茶・葉緑素や青汁・わかめ汁・青紫蘇(あお‐じそ)茶・昆布茶」等を飲用する事を御薦めする。
 こうしたものだけで、《一日2食主義》を徹底するわけである。そして間食はしない。

 現代の怪奇は、一日3食を食べると云うことを信じ切っている時代である。
 多くの日本人は、飽食
(若者の間では一日四食が常識化されつつある)に陥っている。また一般的にも、一日3食でなければ、行動エネルギーは生まれないと考えている。しかしこれは大きな誤りだ。

 長寿の秘訣は、先ず第一に動蛋白を摂らないこと。第二に一日2食で、朝食を食べず、昼食と夕食のみの、一日2食主義を実践することである。本来日本人は、「朝餉
(あさげ)」と「夕餉(ゆうげ)」という言葉から、一日2食であった。朝餉の時間帯は、午前10時から11時頃で、夕餉は午後5時から6時頃であった。それ以外食べ物を口にしないのである。朝餉が午前10時から11時頃を指すのは、現代に置き換えれば昼食時間であり、今日で言う朝食は摂っていなかったことになる。

 現代医学や現代栄養学は、一日3食で、しっかり朝食を摂ることを推奨している。そして朝食は一日の活動エネルギー源と提起している。
 しかし人体の構造の生理機能は、同化作用と異化作用によって生体の根本を維持しているのですから、「一日3食で、しっかり朝食を摂る」という現代栄養学風の仮説は、真っ赤なウソと言うことになる。

 現代、流行の「朝食は一日の活動エネルギー源」という現代栄養学者の言うことは、短絡的であり、人体を機械同然に看做
(みな)し、人体という生体の本質を無視した大きな錯覚といえよう。
 機械や自動車はガソリンを注入した時点で直ぐに役立つが、人体では、食べた物が少なくとも7〜8時間経たないとエネルギー化はしないのである。それを、一日3食にして「朝食をしっかり食べよ」と現代栄養学者らは嘯
(うそぶ)く。
 つまり、「大喰い」という社会現象が起こっていることが、現代を怪奇の時代にしているのである。

 その一方で、ダイエットに励む、訝しな拒食現象が起こっている。
 「ダイエット中」と答える99%の若い男女の多くは、間違いなく「便秘症」である。3日も4日も便秘状態が続いているという若い女性は少なくない。その上で、一週間も二週間も便秘したままで、化粧をしたり、デートをして食事や映画に行くから、最早これは怪奇現象と云う他ない。外より裡
(うち)に問題を抱えているからである。

 何しろ、こうした女性と男はデートをし、ホテルで交わっているのだから、彼女の腹の中は一週間分も二週間分もの「クソ袋」と寝ると云うことこそ、奇怪な現象であり、これはズバリ云って、男は「排泄物と寝ている」ことになる。そして“便秘症患者”イコール“痔疾患者”であることだ。
 つまり、寝ているクソ袋は、痔疾患者でもあると云うことだ。また、痔疾と云う慢性病が、肛門付近から背中に掛けて、“うんこ臭く”しているのである。それは腸内の腐敗物資が、肛門の括約筋の締まりが悪い為に、「臭いが洩れている」ということだ。

 「知らぬは亭主ばかりなり」という言葉があるが、この場合、若い女性とデートをする若い男こそ、腹一杯に溜め込んだクソ袋と寝て、何とも感じないのであるから、亭主ばかりではなく、若い男も、愚鈍と云う他ない。
 そして痔疾を患
(わずら)った「クソ袋」たちは、霊的には霊臭を漂わせながら、霊臭を巧妙に消す為に厚化粧をし、舶来の香水を振り掛け、流行の最先端のドレスを着て、お茶を飲んで、食事や映画に付き合い、更にバーに行って酒を飲み、笑みをたたえながら便秘症を隠しているのだから、何とも気持ちが悪い。これこそ、現代の怪奇だ。そしてこうした背景にこそ、現代の「うんこ臭い霊臭」は漂っているのである。



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