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士魂商才 1

士 魂 商 才



“金のない”のは“首のない”のと同じと云うけれど……。


 古来より武人は、「銭(ぜに)を愛さず」というような思想が頭の片隅に残っていて、それを信条としている人も少なくないようだ。そのうえ“経済”といえば、それをあまりにも卑(いや)しみ、かつ憎む嫌いさえあった。
 “銭”といえば、そういう物には目も呉れず、銭に対して横を向くことによって、それを「清簾
(せいれん)の士」とする風が高く、またそれに甘んずることを清貧とも豪語された。

 ところが一個の人格において、それは仰ぎ見られるであろうが、集団の、組織の、また国家の大計から考えれば、それは不具を生じるものである。
 一派を率い、流名を掲げれば、それは「一軍」と同じである。一軍を掲げれば、既にそれだけで経営の責任を負う。個人の「愛好のレベル」では済まされない。経営は算盤勘定ぬきには考えられない。
 武力ばかりで膨らもうとする軍は、やがて兇暴な体
(てい)を為(な)し、暴軍と化し易い。

 歴史から「陳勝呉広
(ちんしょう‐ごこう)の叛乱」を検(み)てみるがいい。
 陳勝は秦滅亡のきっかけをつくった反乱の指導者だった。
 前209年、呉広と共に秦に叛し、自立して楚王と称したが、秦最後の名将と謳
(うた)われた章邯(しょうかん)に敗れ、呉広にあいつぎ元陳勝配下の呂臣によって殺害された。
 殺された理由は「主将の資格」を失ったからである。
 兵糧が欠乏し、部下の不満が高まった。部下を喰わせてこそ主将の資格は保たれるが、喰わせることが出来なければ、その資格を失う。喰わせてこそ主将であった。これなどは武力ばかりで膨らんだ結果から起こった暴軍の最たるものであろう。

 古来より、理想はあって、そのために奔走しても、経済的な観念がなければその組織は暴軍に堕
(お)ちるしかない。人は利によって集まるもので、理想だけではどうにもならない。理想には経済的な裏付けが居る。
 歴史を振り返ると、理想はやがて地に落ち、その組織は暴軍と堕
(だ)し、乱賊として終わる者は史上、決して少なくないのである。生身の、生きた人間を扱う以上、「算盤」を考えておく必要がある。

 日本には『士魂商才』という言葉がある。
 この言葉は、武士の精神と商人の才とを兼備する意味である。
 商人は「利を道」とする理才の人を言う。文武とともに理才も兼備していなければならない。
 これは武人に「武の道」があり、賢人に「文の道」があるがことく、商人にも「利の道」があることを意味するのである。
 武士の精神を「士魂」というが、武士と雖
(いえど)も霞を喰って生きられるわけでないから、士魂商才は決して無視出来ず、これは武人の将来において重要な問題点となる。


●連日連夜、鍛練出来るとはどういうことか

 世に「士魂商才(しこん‐しょうさい)」と云う言葉がある。
 これが一般的には、「武士の精神」と「商人の才」とを兼備することを指しているようだが、それだけではなく、実は武士あるいは武芸者などの武人は、自らの“腕が立つ”という事は、同時に“理財の才”もあり、最低限度の「困らない日常」を過ごしていけるという、
“日常生活の経済面にも強かった側面”を云い顕わした言葉なのだ。

 つまり、自分の生活が、まず金銭に困らないように確保できていて、その経済観念で、自らの修行も同時にやって行くと言う心構えだ。
 したがって、武術の腕に覚えがあり、腕力には自信があるが、生活能力が“さっぱりだ”というのでは、全くお話にならないのである。
 「武技が強い」ということは、理財の才にも長
(た)けていて、困らずに、悠々(ゆうゆう)と生活出来ると云うことを明確にしなければならない。

 では、経済的自由を縛られない生き方とはどういう生き方か。
 これを実戦するのに、そんなに難しい修行は必要としない。
 次の『金に困らない五原則』を厳守すればいい。

日金に困らない五原則
早寝早起きをする。太陽と共に起き、共に寝るの心掛け。特に夜は寝る時間であり、徘徊する時間でない。原則的に、夜は9時に寝て、翌朝は4時に起きると、いいアイディアが浮ぶ事がある。
朝起きて茶を点(た)て、心を落ち着かせ、鎮め、今日一日の行動計画を練る。古人は茶を点て戦場へと向かった。
計画は計画通りに進むことは少ない。それは日々の反省を怠っているからである。翌日の計画倒れは、次の朝に改善点を齎すことになる。
(か)くして、“寝坊”はその日の一日を失うことになる。
約束は目的地に5分前に到着することが出来れば信用を得る。
しかし「兵は詭道
(きどう)なり」を忘れてはならない。大事な約束であれば、実際に出向くか、地図などで調べ、予(あらかじ)め約束地を下見をしておくことだ。巌流小次郎の同じ轍(てつ)を二度踏んではならない。人は疑え。
また約束を守れぬ者を友にするな。巌流小次郎は約束を守らぬ者を当てにしたところに敗北があった。お人好しと言えよう。
ケチになるな。吝嗇家(りんしょく‐か)が最終的に得をする例(ため)しはない。物は適正価格で買え。激安品を買うな。落し穴がある。タダより高いものはないことを知れ。安く買い叩く奢(おご)りを持たないことだ。買い叩かれた方から理不尽に対する怨みの念が飛ぶからである。この念を躱(かわ)すことは容易なことでない。
激安品に手を出すな。安いのは曰くがあり魂胆があるからだ。物の「適正価格」を知ることである。それを知っていれば、金は程よく循環する。知らねば止まる。金が、人間現象界では、生き物であることを忘れるべからず。
金勘定の勉強をしていおけ。最低『貸借対照表』と『損益計算書』の帳尻合わせは出来るようにしておきたいものである。これが分れば、ローンが如何に無駄遣いか分るであろう。ローンで買った物は自分の物でなく「負債の部」で勘定されるものである。

【註】アラブの格言。「借金がなれれば、金持ちなのだ」
そしてアラブの格言は続く。「お前も私もパンを持っている。それなのにどうして羨
(うらや)むのか」
 アラブは皮肉を込めて、資本主義市場経済に生きる自由陣営革の、今日の日本人に「あなた達は、実は不自由なんですよ」と、あたかもその種のメッセージを送っているのかも知れない。負債の、債務の出所を指摘しているようである。負債を抱えている土地家屋やマイカーの大ローンのことを指摘しているのである。

 次に『金に困らない注意八項』は次の通りだが、至って常識的なことを注意している。

八項 金に困らない注意八項
綺麗な財布で綺麗なお札で、金銭を所持するも浪費せず。金の方に住み心地のいい環境をつくる。金の方が棲(す)みたくなる財布の環境作りを心掛ける。いい財布は「玉(ぎょく)」と同じである。
古人はいつも玉を懐
(ふところ)に抱いていた。理想の玉である。
この玉をもって、着ている物はボロでも、心には理想があり希望があった。ゆえに「精神的貴族」として毅然とすることが出来た。
金の住み良い財布にして、常に「最低50万円以上のピン札」を懐に抱いていたいものである。そうすれば浪費癖が鎮まるだろう。
欲しい物を我慢する忍耐。それを半年我慢して、欲しくなくなっていたらなら、それは最初から無用の物であったと分る。いま持っている物に満足を覚え、ローンがなければ、それだけで金持ちである。
足るを知り、物を欲しがる虫が駆除出来れば、それだけで金持ちである。生涯、金に困ることはあるまい。
人の世話はしても、人の世話にならない自前主義に徹する。他人の懐を当てにせず、自力自活の精神を確立する。原則的に物は借りない。また貸した場合は、二度と戻らないことを覚悟して遣ることだ。
自他間で金銭の貸借はしない。金を貸す場合は遣る覚悟で貸せ。一度貸した金は戻らぬと覚悟して遣り、その後、一切請求はしない。それで貸した相手の人間が見えて来るだろう。
金は生き物である。そのために妖邪
(ようじゃ)が憑(つ)き易い。自分の懐から離れ、手人の手に渡ったが最後、もう二度と帰って来ない。もし、万一戻って来たら、それは次の借金のための呼び水であり、その悪循環に嵌まれば、また金を貸したくなるだろう。顛落・没落の始まりである。没落者はこうして身を滅ぼして行く。
「けじめ意識」および「始末をつける意識」を持つ。また、時間を守れぬ者を友にするな。信用ではなく、信頼の大事を知る。本当の友とは「下駄を預けてもいい者」を言う。それは命を預けてもいいということだ。しかしそういう友は稀(まれ)であることを知れ。
女を甘く見ない。しくじる元兇である。長幼・男女に限らす人間を甘く見ないことである。また男尊女卑の悪しき因襲を捨てる。女だから子供だからと言う先入観で外見を判断することは危険である。それぞれに意地と唸魂(ねんこん)をもっている。侮る勿れ。
同等・同格の認識をする。婦人を絶対にからかわない紳士でありこと。また女の場合は淑女であること。世の中と言う実戦の場に出れば、長幼の差も男女の差も一切無いのである。
人の話をよく聞く、「感度のいい聞き耳」を養成する。聞き上手になって話をじっくり聞き、話すときは穏やかに話す。それだけで信用は大になろう。やがて信頼される糸口が掴める。
しかしお追従はするな。問われれば正直に答えればいい。作らないことだ。合わせないことだ。
人を苛めることをしない。苛めは子供の世界にあるのではない。大人の世界にも子供世界以上に、残忍・非道な苛めが多く存在している。苛めを改心すれば、『鬼子母神(きしも‐じん)の余慶』が齎されよう。
それは、人はみな不憫
(ふびん)という意識から生まれる。慈悲はやがて自らに祝福を齎す。余慶である。

【註】鬼子母神とは王舎城の夜叉(やしゃ)神の娘。千人(万人とも)の子を生んだが、他人の子を奪って食したので、仏は彼女の最愛の末子を隠して戒めた。そこで改心して守護に廻った。
 諭された後、仏法の護法神となり、子宝・安産・育児などの祈願を叶える余慶を齎した。また、法華経を受持する者を守護するともいう。
 悟りとは「苛めないことを悟る」ことであり、苛めは無慈悲に人を啖
(く)うための余殃(よおう)であった。

 近代にも、そうした武人は多く居た。文武両道に併せて、智に長け、戦っても「負けない境地」を知っていた人である。負けない境地を知っている人は、負け将棋を「もう一番、もう一番」としない人である。愚を冒さない。意地にならない。利のないところからは、速やかに引き揚げる。これは勇気があるからだ。いじのこだわらないから、逃げ足が速いのである。そして、仕切り直しをして、別の方向から構えを作り、それを「負けない境地」にする。知謀の将である。
 自らは修行者として修行に明け暮れる日々を送っていても、その修行が出来る充分な背景を作り上げ、同時に「悠々自適
(ゆうゆう‐じてき)に修行が出来る」という現実を作り出している、資産家的な武術家や武道家を見掛ける事がある。この人達は、生活に“あくせくせず悠々とした生計(くらし)”を立てている。

 物事を常に「足し算」と「掛け算」として考え、決して「引き算」と「割り算」で考えない人である。

 こうした人達は、歳
(とし)をとっても、それなりに生活に困らない程度に、そこそこ裕福で、かつ「理財の才」も「良識」もあり、例えば、アパート経営やマンション経営、貸ビルや貸土地などをレンタルさせて、毎月ほぼ同額の“家賃・地代収入”があり、あるいは“銀行の預金利息”だけで、生活出来る状態を確保している。そして、自分が働かなくても生活が出来、日々、生活費に困らないとう状態が確保できているのである。
 こうした困らない生活背景があるから、思う存分、修行に打ち込むことが出来る。この確保こそ、急務であることを気付き、これに敏感な人を「理財の才」のある人と称したのである。その意味で、「士魂商才」が成り立つのである。

 この「士魂商才」の原点を作った兵法家は、かの有名な宮本武蔵だった。
 武蔵は、単に剣に優れた兵法家としてだけではなく、詩や書画や茶道の“道”にも優れ、同時に「士魂商才」を身に付けた武人だった。多くの人は、武蔵のこの点を見逃してしまうようだが、これこそ人間が生きていく上で、最も重要な事柄である。
 武術家や武道家と称する人が、目先の、数日後に控
(ひか)えた支払い日に追い捲(ま)くられるようでは、お話にならない。自分の道場の、道場経営に追い捲くられて、日々を、あくせくしていてはなにもならないのである。日々の生活に困らない“余裕”が必要である。

武蔵像

 武蔵は確かにチャンバラは強かったが、決して「剣豪バカ」ではなかった。生活能力は“さっぱりだ”と云う兵法家ではなかった。
 彼は、あらゆる「道」に通じていたのである。あらゆる「道」に通じていたからこそ、決して「バカの範疇
(はんちゅう)」には留(とど)まらなかった。
 あらゆる「道」に通じてこそ、その人は“達人”と云われたり、剣術家ならば“剣聖”などと云われるのであって、単に一芸に秀
(ひい)でただけでは、「名人の位」に辿り着けないのである。“わが扶持”や“わが糊口”は、生涯困らないものを用意したいものである。

 この境地に達することにより、兵法家とか、武術家とか武道家と云う武人は、「名人の域」に辿り着く、スタートラインに立てるのである。
 しかし士魂商才は、「日々あくせくしなくても働かずに食っていける」という基本こそ、本来の意味であり、道場経営がうまいとか、人集めがうまいと言う利権に於ての「うまさ」でなく、あくまでも「働かずに生活するに充分な金銭を身に付いている」という条件を満たしていなければならない。つまり、
「徳分が身に付いている」と云うことである。

 武術で云う「徳分」とは、「武運長久」をいうのであって、その第一は「運がいいこと」であり、その第二は、あくせくして働かなくても、「金が自然に後から蹤
(つ)いて来ること」を云う。
 この状態に至れば、まず、あくせくしないから精神的衛生状態もよく、金に追い詰められることがない。自然と心は大らかになり、静寂にして安住の状態が得られる。
 第一、労働をしないのであるから、出勤時間にも追われることがなく、仕事にも追われず、締め切りにも追われることがなく、同時に「多忙を極めない」のである。
 毎日忙しく仕事をしている人は、その人に幾ら才能や素質があっても、こうしたサラリーマン状態の会社漬けで、修行の究極点には辿り着けない。遂に時間に追われ、仕事に追われ、締め切りに追われ、また金銭の支払いに追われる。それはサラリーマン故に、生活の基盤を「月賦支払い」などのローン生計が邪魔しているからである。
 大ローンで家族にせがまれるままにマイホームを建て、また、大ローンで車を買う。その他の高級家電品を買うなどして、『貸借対照表』では「負債の部」ばかりを膨らませているからである。

 「負債の部」が膨らんで、“今は何とか払っていける”と言う状態では、決して「資産の部」は殖
(ふ)える事がない。要は、「負債の部」を皆無に近付け、「資産の部」を殖やすことだ。

 「兵法」と云う、自分の“好きな道”に没頭するのであるから、その没頭出来るだけの、充分な生活資金を予
(あらかじ)め何処かで確保し、毎月困らない程度の、余裕ある日常生活の確保が出来ていなければならない。それは根本的に云って、資本主義市場経済に準ずる「道場経営」とは、全く違う。

 道場経営と云うのは、それが経営である以上、道場主は人を集めて教えることを生業
(なりわい)にするため、やはり“労働者の域”から抜け出すことができない。経営に、あくせくしなければならない。資金繰りに窮(きゅう)すれば、金策の為に奔走しなければならなくなる。そうなれば稽古とか、修行とかは、論外の事になる。そんな暇がなくなる。支払いに追われるからだ。
 したがって、サラリーマン指導者の場合も同じであって、普段はサラリーマンをしながら、会社漬けになっているのではお話にならない。一週間の内の公休日や、その他の余暇で道場生を指導するとか、あるいは余暇を利用した自己修行であってはならないのである。この自己錬磨の条件は、
「自分は働かずに、好きなことだけをして食って行け、かつ充分に思う存分修行が出来る」と言う条件を満たしていなければならない。

 サラリーマンをしながらとか、道場経営にあくせくしながら武道家を気取ると言うのは、修行において、本腰を入れて修行に打ち込むことが出来ず、常に「生活費」の事を念頭に置いての修行であるから、その修行は何処まで行っても、いつまで経っても、「本物」とはならない。金銭に悩まされるからだ。
 そういう状態であっては、見栄は張ることが出来ても、中身は発展途上の状態に流されてしまう。そして、決して「余暇」の範疇
(はんちゅう)を抜け出すことはないのだ。それでは「理財の才」があるとは言えない。自転車操業の経営者と何ら変わるところはない。
 本当の修行者は、「好きな道に日々・連日連夜打ち込む」ことが出来なければならないのである。
 その意味で、宮本武蔵は、真の修行者であり、毎日の生活費も事欠くことがなかった。その背景には何があったのか、それを検証しなければなるまい。



●優れた金銭感覚

 要するに「士魂商才」とは、金銭感覚であり、経済感覚である。この感覚が敏感なことを云う。
 理想と現実をシビアに見詰め、この現実の中に、伸び伸びとした
「余裕のある自己」を確立しなければならない。したがって、そもそもの「兵法家」というのは、サラリーマンで生活費を稼いでいても駄目であり、また道場経営で弟子の数を気にして、金銭勘定にあくせく頭を悩ませていても駄目なのである。
 つまり、本来の士魂商才を確立する為には「労働をしない」ことであり、また、「働かず、日々の生活費にあくせくしない」ことである。食う為の生活費や、家賃あるいは固定資産税などに悩まされることがなく、金銭的にも充分に余裕がなければならない。こうした
「修行構図」が完成して、はじめて自分の好きな「道」に、身を投じることが出来るのである。

 しかし、この確保が出来なければ、
「あくせく状態」に陥る。金銭に振り回される。いつも毎月襲って来る「支払日」に苦しまなければならなくなる。
 例えば、世間にはこうした道場主も、かなりいるようだ。
 “とにかく無理をして道場を建てたが、毎月の返済金が大変だ”では、お話にならない。大ローンを組んでの道場設立ならば、こんはものは、遂には息詰まるので、最初から遣
(や)らない方がいい。見栄の為の無駄な足掻(あ‐が)きだ。函物というのは、昔から金が掛かることが相場であった。教えるにも函物を構えて体裁がいる。しかし、体裁に囚われれば、借りたものは返さなければならなくなる以上、これ自体が、後の苦痛の胤(たね)になる。最後の1円を払うまで根抵当は蹤(つ)いて廻るのである。
 利息が蹤
いて廻るこの胤は憂鬱な存在である。ゆえに観察眼を鍛える必要がある。

 かつて滋賀県で、ある空手道場の師範が、大ローンを組んで道場を建てた人が居た。ところが最初の思惑とは随分違って、遂に返済金に息詰まり、小学生の児童を誘拐して身代金を取るなどの犯罪を犯した事件があった。返済に苦しめば、求道者と雖
(いえど)も此処まで畸形する典型である。
 そしてこれまで「説いた道」が無に帰する。魔が差したでは済まされない。親戚、友人、知己もいよう。もう二度と世には出ない。出られないのだ。そもそもの間違いは、「道場観」を屋内に求めたことであった。
 本来道場は天地に広く存在するのに、固定した屋内に留め、小さな世界に固執したことであった。小我の世界観しか持ち合わせなかった。それでは返済も行き詰まるだろう。
 こうした支払いに息詰まる、結果が見えた道場経営に乗り出すのなら、最初からアマチュアで、サラリーマンをしながら、公共の施設の体育館や武道館を借りて、そこで地道に、自己修養と指導に励んだ方が賢明である。無理して見栄を張る必要はないのだ。蟹は甲羅に似せて穴を掘るを見習うべきである。

 あるいは、公園などの空き地や、トレッキングがてらの山稽古を利用して、タダでこれを拝借することも出来る。そういう道を選ぶなどの方法は、幾らでもあっただろう。何も“函物
(はこもの)”にこだわる必要はないのである。会社でも、見栄張り会社は函物にこだわる。自分を大きく見せようとする。それは実力以上に大きく見せ、等身大を超えた張り子の虎では、そうした函物を構えた会社は必ず倒産している。
 私はこれまで、そういう会社をゴマンと見てきた。個人の場合は、なおさら等身大以上に見せると言うのは禁物である。
 実力とは、暴力的な腕力を指すのでなく、またその理論を指すのもでなく、つまり「金力」も、実力の一つなのである。このことを充分の把握していなければ、その猛々しく奢
(おご)れる者は腕力に溺れて、必ず没落の憂き目を見る。

 しかし、滋賀県在住の空手道場の師範兼経営者は、恰好をつける為に、無理して大ローンを組み、扮飾決算をして、財政状態や経営成績を実際よりよく見せる為に、『貸借対照表』や『損益計算書』の数字を誤魔化して提出し、銀行から金を借りたのだろう。こうした見切り発車が、数ヵ月後には大いに狂い出したのである。思うほど、道場収入はなかったのである。そして自分が『貸借対照表』や『損益計算書』の数字が読めない場合、当然誰かに依頼することになり、これらも墓穴を掘る要因になったと思料される。
 その上、自分の財産を管理する能力もなく、その一大失態と云うべきことは、『貸借対照表』や『損益計算書』を、全く知らず、読みからすら勉強してなかったことである。大ローンを組んで建てた道場が、自分の「資産の部」に入るのか、「負債の部」に入るのか、全く読めなかったわけである。これこそ「士魂商才」の抜け落ちた、最たる事件であったと言えよう。

 本来、武術や武道の達人と云うのは、商才にも長け、両者は“両輪の輪”の如く、同じように有機的に機能するのだ。「武の道に秀で、しかもそれが強く、名人の域である」ということは、それと同じ位に「商売がうまい」と云うことであり、その「商売のうまさ」は、働かなくても食っていけるというものでならなければならず、確固たる金銭感覚を持っていることなのだ。
 普通、経営者でも究極の経営の至る所は、最後は経営すら止めてしまって、働かずに食って行けて、その資産で充分に賄
(まかな)える生活を楽しむことである。日々をあくせくするような経営者であっては、その人が如何に大企業を経営していても、単なる労働者でしかない。

 「道に秀で、強い」ということは、「商売にも明るく」また「理財の才もある」ということなのだ。そしてこの能力は、更に進化すれば、「仕事をせずに食っていける“何か“”を手に入れていて、生活費に困らない」と言う条件を満たしていることだ。
 つまり、士魂商才において、「食うに困らない程度の財を貯えた」と言う事なのである。
 また自ら、武道家とか修行者などの言葉を自負していても、自分の“修行の場”が、公共施設の武道館と体育館、あるいは貸ビルの、朝から晩まで24時間使えない場所を、週に何回か使用する練習場を確保していたところで、これもまた、本物の自己鍛練をする道場を確保しているとは言えない。

 借り物であっては、何もならないのである。借り物でない、自分が生涯を通じて鍛練出来る、本当の意味での道場を、自力で確保しなければならないのである。
 そう考えれば、金銭感覚とか、経済観念とかは、修行者として、最も敏感にならねばならない事柄である事に気付こう。
 つまり、これこそが「士魂商才」なのだ。武人の修行をすると云うことは、同時に、「働かなくても食っていける」という、
「商才の極意」に到達しなければならないのである。これは地代・家賃収入であったり、銀行預金の利息であったりするのだ。



●人の世は階級社会である

 「階級」という言葉を、日本人で逸速く理解したのは、宮本武蔵ではなかったかと思う。
 ここで言う「階級」とは、士・農・工・商の身分制度を指すのではない。また、地位・官職・俸給などの等級を指すものでもない。相互の間の、働かない上位と、働く下位の位置をいうのである。

 さて、ここで少し「階級」の事について語ろう。
 一般に階級と云えば、主に生産関係上の利害、地位、性質などを同じくする人間集団をいうようだ。
 そしてその分類も、資本家階級とか、労働者階級とか、地主階級などと云われる。

 こうした階級は、現在でもはっきりと認められることが出来るのである。
 ところが戦後民主主義は、階級を否定する政治理念が主体となり、いまや階級は消滅したかのようなイメージを抱かせた。そして多くに日本人は「社会的平等」と云う表向きの謳
(うた)い文句に騙(だま)され、「人間は皆平等である」と思い込んでしまった。

 また、アメリカ主導型の現日本国憲法の「平等主義」を信じてしまったが為に、特殊な苦境に立たされ、混乱が生じ、至る所で矛盾が派生しているのである。
 この矛盾の最たるものこそ、「民主主義」と云う方便であり、この方便下で、日本では民主主義国家とは謂
(い)い難い、「悪しき官僚国家」を作り出したしまった。

 つまり、官僚が猛威を振るう国家は、決して民主主義などではなく、“形を変えた社会主義”なのである。社会主義下では、人民が主体ではなく、人民を指導する党幹部か、それに準ずる国家官僚が主体なのである。日本の国家構造は「官僚国家」なのである。この実情に気付いている人も少ないようだ。

 また、こうした社会形態下に、民主主義が標榜
(ひょうぼう)されているのであるから、日本におけるデモクラシーは、「民主主義下の国家ほど、取るに足らない国家である」ことを云い顕わしている。
 つまり、民主主義の謳う平等主義は、「みな平等」ということであり、「一人ひとりが、何の分け隔てもなく平等」ということだ。それを的確に言い当てれば、「一廉
(ひとがど)の人物」は存在してはならないと云うことだ。何故ならば、「みな平等」であるからだ。

 これを更に単刀直入に云うならば、「誰もが一廉の人物」がいないと云う国家では、裏を返せば、誰一人として重要人物は存在しないと云うことになり、「誰でも同じ、ドングリの背比べ」という、日本独特の人物像が出来上がっていることだ。

 その一方で、芸能タレントやスポーツタレントを英雄視する、側面を作り出してしまい、「人間が人間を崇拝し、人々からの尊敬の的になりながら、その一方で羨
(うらや)まれる」という現実を作り出したことだ。
 そしてこの背景にある現実は、「人は、みな平等である」という社会環境の元では、“希望や願望は凋
(しぼ)み易く”かつ“心は傷付き混乱し易い”という側面を持ちながら、人は、特に大衆にあっては、それを痛烈に意識するのである。

 希望が凋んだ場合、その後に生じるものは有名人と云う連中に対して、「嫉
(ねた)みの心」を持つことだ。
 そして、この国の恥部の部分に存在する「破廉恥
(はれんち)行為」や「犯罪行為」の裏には、純粋に“階級的な嫉み”を持ち、部分的に「階級のない社会」と言うタテマエとしての、この絵に書いたような“モチ”に、幻滅した結果からであった。

 更に「階級のない社会」のスローガンは、階級に対する嫉みが、その一方で、いざとなれば「復讐
(ふくしゅう)の為の平等主義」に早変わりし、デモクラシーの論理が、此処に集中することである。「なぜ、あいつだけがいい思いをして」と言う風になる。そしてこの政治システム下では、平等主義は、「競争を公平にせよ」とか、「一人占めはダメだとか」を主張するのである。

 こうした現実が、ちゃんと存在しながら、その側面にはもう一方から、社会主義的国家のように、存在しないはずの階級が存在し、その大部分は「官僚へのごますり」にエネルギーが投じられている。日本人の「お上の意識」や「役人の意識」は、総てこれに回帰されよう。
 そして結論からすれば、いつの世にも、「階級」が歴然と存在していることだ。また「どこどこ大学出」などの学閥も一種の階級だろう。

 さて「階級の証
(あかし)」として重要なことは、自分が所有する“財産の量”より、「財源」がより重要なのである。
 「財源」とは、分かりやすく云えば「働かなくて、これまでに貯えたもので充分に暮している」という“過去の金”あるいは“古い金”のことである。財貨を産み出す金銭などを云う。これは労働で得た金ではない。

 一方、どんなに高給取りであっても、それは労働で得た金であり、有閑階級のものと同じではない。この有閑階級と云うのは、敢
(あ)えて云うならば、今日のアメリカの「最上層階級」といわれる、上流階級でもその頂点に立つ、一握りの人を指す。この階級の人は、自らは決して金を稼がない。同時に殆ど現金を身に着けていない。キャッシュカードすら所持していない。居場所を付き止められ、時間に追い捲くられる携帯電話すら持たないのだ。労働者としての痕跡(こんせき)のあるのものは何一つ、持っていないのである。

 彼等は殆ど知られず、「隠れ階級」などともいわれている。更に彼等の棲
(す)む家は、決して大邸宅などではない。無尽蔵(むじんぞう)な潤沢(じゅんたく)な遺産を抱えながら、大通りから見える上流階級の見栄がさせる、構えが立派な邸宅には棲んでいない。

 この「最上層階級」と云われる彼等は、“桁
(けた)外れの最上流”といわれながら、人里離れた山の中とか、あるいは遠いギリシャか、カリブ海の島々の、その島の持主であり、隠れて暮すことを好む人達である。
 このように「隠れ階級」を決め込んでいれば、人々から羨望
(せんぼう)の眼差しで見られることがなく、有象無象(うぞう‐むぞう)の取り巻から煩(わずら)わされることもなく、福祉団体や慈善団体から寄附を仰がれることもなく、税務署から高額納税者としてマークされることもない。これに徹している限り、狡猾(こうかつ)で、巧妙で、凶暴なジャーナリズムからのすっぱ抜きからも身を守れる。これこそが最上層階級の「隠れた人」の存在なのだ。

 つまり「金持ち」という人種をよく知り尽くしており、本当の金持ちは、金の掛かる“お供”をずらりと従え、喜んで目立ちたがる人種の“浅はかさ”を蔑
(さげす)み、これとは正反対に身を潜めて静かに暮すことを好むのである。

 こうした今日のアメリカの最上層階級という頂点の一握りを検
(み)ると、どこか武蔵の生き態(ざま)に共通点を見い出すではないか。
 特に晩年の武蔵は、今日のアメリカの最上層階級の暮らしと、共通して箇所を多く持っている。

 武蔵が単身で、肥後
(ひご)熊本に赴(おもむ)き、細川家の客分になったのは寛永十七年(1640)のことであった。待遇は現米三百石で、座席は大組頭格だった。
 武蔵は五十一歳の頃
(寛永11)、養子の伊織(いおり)を伴って豊前(ぶぜん)小倉(こくら)に至った。小倉領主・小笠原右京大夫忠真(おがさわら‐うきょうだゆう‐ただまさ)に厚遇され、この地に三年ばかり滞在した。この間に「島原の乱」が起り、武蔵は伊織ともども、この乱に参戦した。伊織は侍大将として武功を立て、また武蔵も忠真の側近にあって作戦に参画した。
 その後伊織は、累進して小笠原藩の家老になり、それを見届けた武蔵は、肥後熊本へ単身で赴くことになる。

 当時の藩主・小笠原忠利は、予々
(かねがね)より武蔵の識見を高く評価していた。三千石で召し抱えても惜しくないと言う熱の入れようだった。また武蔵も、年来これまで探し求めていた藩公であると畏服(いふく)していた。そして藩主より、武芸の奥旨を問われ、これについて武蔵は、わが流を二天一流(にてんいち‐りゅう)と称し、その奥儀は『兵法三十五箇条』にあるとした。
 武蔵はこれを捧呈したが、間もなく藩主忠利は卒然
(そつぜん)として五十四歳でこの世を去った。忠利を喪(うしな)った武蔵の落胆は大きかった。

 爾来
(じらい)武蔵は、武芸を放棄したような形で、もっぱら詩、書画、彫刻、茶道などの風流の世界に身を投じ、かつての想いを託しつつ、熊本に赴いて清閑な日々を送った。

 『五輪書』は、武蔵が六十歳の時に著わした書であり、この書は霊巌洞
(りょうげんどう)に籠(こも)って書かれたと云う。この洞窟では、石体四面の岩殿観音(いわどの‐かんのん)が祀(まつ)られ、周囲には鬱蒼(うっそう)とした古木が茂り、奇巌の上に五百羅漢が苔むして、幽邃(ゆうすい)の趣があったと言う。
 此処で武蔵は、自分の波乱万丈の人生を振り返り、『五輪書』を書き始めたのである。寛永二十年
(1643)十月十日に書きはじめられ、これを書き上げて二年後の、正保二年(1645)五月十九日にこの世を去った。

 さて、武蔵が去る数年前、『兵法三十五箇条』と合わせて、自らを戒めた『独行道』というのがあり、その中には、有名な箇所に、次のような一節がある。

一、神仏を尊び神仏を頼まず。
一、身に楽をたくまず。
一、何の道にも別れを悲しまず。
一、恋慕の思い無し。
一、居宅に望み無し。
一、老後財宝所領に心無し……。

 とあり、己に厳しい人柄が偲
(しの)ばれて来る。それだけに禁欲的な一面を強く感じるのであるが、そんな武蔵が一方で、遊女と大らかに交渉を持ち、また諸国遍歴の旅から世味に触れ、金の恐ろしさを知り尽くした上で、「恋をしたら金を貯えよ」との教えは、実に興味深い。同時に、金銭感覚に卓(すぐ)れていたので、その恐ろしさも知っていて、これを『十智(じっち)』に著わしている。

 しかし、『十智』という書物は、武術武道研究者や史家からは余り問題にされず、武蔵の真筆かどうか?までいう評論者も少なくない。これは金銭の事を扱っているからである。だか、これこそ最も人間的な、人間が生きていく上での、社会の仕組みに随
(したが)う、条件と階級を記したものであった。
 武芸者は“腕が立つ”だけでは駄目なのである。

 つまり、人は理想や志ばかりでは付き従わないのである。これこそが、人間の実体であり、武蔵はそれを早くから熟知していたのである。
 一般に武蔵像のイメージは、剣一振りを携
(たずさ)えて、生死を分かつ勝負に明け暮れ、そこで生き残り、生涯沐浴(もくよく)をせず、裸足で歩いた孤高の剣客を想わせるのだが、人生で如何に金が大事であるか、武蔵はその真理を極めてよく知り抜いていたのである。そして武蔵が見抜いたこの世の人間像は、「人はみな不憫(ふびん)」だった。それは人間が「金銭」という欲に転ぶ生き物であるからだ。



●宮本武蔵の金銭感覚

 武蔵は、自ら『十智
(じっち)』を認(したた)めている。これを次のように記している。


 恋をせば文ばしやるな歌をよむな

 一文たりとも銭をたしなめ



 つまり、男女の恋愛観にまで迫って、「経済感覚を敏感にせよ」といっているのである。
 その為に「銭をたしなめ」といい、「金を貯えよ」と云っているのである。

 これは道場と云うものを構える場合も同じだろう。現実問題として、道場は理想ばかりを掲げ、口先ばかりで自己の優位を宣伝したところで、これは実現されないものである。そうした理想論を唱えたり、口先ばかりの武術論や武道論を唱えても、金銭感覚の疎
(うと)い者には、土台、無理な話なのである。

 道場を建設すると言うのは、無から有を作り出すことであって、無から有を生み出す想念をこの世に具現させるのであるから、それ相当の金銭感覚がなければならない。経済観念がなければならない。その意識が、『貸借対照表』の読みを確実にさせる。

 そして武蔵は云うのである。

 われ諸国を遍歴し、世味にふれてかんがみるに財(ざい)(とぼ)しくてな業(わざ)をなす事あらわず。ここを以て、倹約をもっぱらとし財を貯うべきこと肝要なり。

 人間は原点に還
(か)れば、金がなければ如何に優れた理想論を展開しても、人は蹤(つ)いて来ない。また、金がないのは首のないのと同じで、貧乏や生活困難者は、最初から修行者としての条件を逸(いつ)していた。それは、「衣食足りて礼節を知る」と云う言葉からも明確になろう。

 『管子牧民』
かんし‐ぼくみん/斉(せい)の富民・治国・敬神・布教の術を述べた書で、管仲の著という。そして実は戦国・秦・漢の書でもあるという)に「衣食足りて礼節を知る」という言葉が掲げられている。民は、生活が豊かになって初めて、道徳心が高まって、礼儀を知るようになるという意味だ。
 ボロを纏
(まと)い、喰(く)うや喰わずでは、本当の修行は出来ないのである。
 また、こうした困窮状態では、真の修行は出来まい。経済状態が、辛うじて人間を人間にせしめているのである。

 これは結婚の条件も同じだろう。
 幾らセックスがうまく、ハンサムな男でも経済感覚がなく、年から年中ボロを纏っているような男では、女は寄り付きはしないだろう。せいぜい“ジゴロ”が関の山である。
 人に認められる為には、自立しなければならない。生活に余裕がなければならない。
 この事を、武蔵は云っているのである。

 しかし、昨今の武術界や武道界を見てみると、こうした事はあまり問題にしていない節がある。単に強ければいい、試合の駆け引きがうまければいいと云うような感覚で、その武術修行者なり、格闘技選手なりの、金銭感覚や経済観念は殆ど問題にしていないようだ。
 しかし、もしその術者なり選手なりが、怪我や故障などをして、試合で稼げなくなった場合は、一気に貧乏人に転落する以外ない。次の日から路頭
(ろとう)に迷うことになる。既婚者ならば家族も養っては行けないだろう。ローンやクレジットの支払いも窮(きゅう)することになる。

 特にプロのスポーツ界では、こうした事が日常茶飯事に繰り返されている。プロは、その資格を持つ者が総てが裕福ではない。裕福なのは頂点の一握りである。

 此処から得る教訓は、矢張り自立することであろう。自立するには、確固たる金銭感覚と経済観念がいる。自己を正しく査定する為にも、『貸借対照表』の読み方くらいは知っておきたいものである。知らなければ、永遠に“鉄砲玉の域”から抜け出せない。武道界や格闘技界はあまりにも鉄砲玉が多過ぎる。巧妙な興行師から、無惨なほど酷使されているのである。
 鉄砲玉では自立出来ず、また、自らの修行も出来ないだろう。

 そしてサラリーマンをしていても、会社依存の生活体系は変えることは出来ず、仕事や時間に振り回されたり責任上の問題で、100%の修行は出来ず、また道場を持っていても、それを「経営する」という経営者としての立場で労働ならば、それが純粋に100%の修行者でない限り、修行とは無関係なものに悩まされ続けることになる。そこから、新たな創意工夫も生まれる分けがない。

 武蔵のように、修行者は「100%純粋な修行」に賭
(か)けて躍進(やくしん)するべきなのである。これは一種の芸術家と同じで、その芸術の域を高める為に修行すると言うのと同じである。そうなれば、創意工夫のチャンスにも恵まれよう。



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