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死に方が選べない時代 1

死に方が選べない時代


静寂な水の流れの景色を遠望する。そして流れに身を任せる。任せることに何の疑いもない。ただ、一切を「お任せする」のだ。人間の臨終とはそうしたものである。


人は生きる時代を選べない。それはまた、死ぬ時も、死ぬ場所も選べないという事実が横たわっている。
 しかし、いつの時代も、人の生と死は存在する。生まれる事、あるいは生命の神秘を真摯
(しんし)に模索するならば、死ぬ事も、死後の事についても、真摯に模索しなければならない。


●人間の死には、二つの死に方がある

 現代人の多くは、「誰もが死ねばそれまでよ」という考え方を持っている。つまり、死んだ後には“何も残らない”と言う考え方である。
 人は死に向かって生きている。生まれた以上は、必ず死ぬ。しかし、人の死は、人それぞれに、様々な死に方がある。そして、家族に見守られながら、静かに、穏やかに息を引き取るということは、現代では稀(まれ)になった。
 その意味で、現代は「自分の死」すら、「自由に選択できなくなった時代」といえる。

 死は一般に、「自然死」と「事故死」の二つに分けられる。
 しかし、現代社会では、「自然死」は稀で、多くの人は「事故死」をする。特に現代人の特徴は、病院で生まれて、病院で死んでいく、生も死も病院である。
 かつては「月」の満ち引きに応じて、生死
(しょうじ)が決定されていたが、現代人には、殆ど無関係となってしまった。

 自然死に関する文献を紐解
(ひもど)くと、人が自然死で死んでいく場合、潮汐(ちょうせき)の関係に、古人は注目しており、「干潮にほんの僅か遅れて死がやってくる」と記されている。こうした古人の文献から窺(うかが)えることは、月は、潮汐を通して、人の死にかかわっていたことが、非常に高かったと思われる。つまり昔は、人間は月の波動に反応し、それに応呼していたことになる。

 しかし、病院で生まれて、病院で死んでいく人生しか選択できない現代人は、かつての古代人のように、自然死として、潮が引くように死んでいく事は不可能になった時代だとも言える。
 この意味からすれば、現代人は、古代人より遥
(はる)かに退化した、「生」と「死」を生きるしかない味気のない人生に生きていることになる。

 そして、特記すべき事は、「月が、死と不死を司る神として観念」されていて、月が人間の死を司っていたとしたら、一体これはどういう事になるのだろうか。
 また、古人の文献によれば、「人間は潮が引くときに死ぬのだ」という伝承が残っており、一方、古代人の観察眼は鋭く、これがもし、真実としたら、病院で生まれて、病院で死んでいく現代人の、この人生は、一体なんなのだろうか。

 私たち現代人は、太古の人や、人の死と、潮汐を関連付けた古人に対して、面目を失うほど、退化した人類と言えなくはないだろうか。

 人間は、生れ落ちる過程で、生・老・病・死の四期
(しき)が、必然的に人生として割り付けられる。人の死は、「生」の逆のコースを辿って死に向かうという。そして、「死」は“咽喉(のど)の渇き”から始まるといわれる。その際、「六つの中有(ちゅうう)と、三つの経験がある」といわれる。またこれは、東洋医学の思想の中にも見られる。

 古い東洋医学の文献
【註】『霊枢』邪客篇)を紐解くと、「人は天地と相応ずる」とある。
 つまり天地の陰陽が、人間の体内にも現れているということである。これを総じて、人体を「小宇宙」と定義しているのである。天体の大宇宙
(大太極)に対して、人間はそれに応呼する小宇宙(小太極)なのだ。

 手には、太陽小腸経
(たいよう‐しょうちょう‐けい)、少陽三焦経(しょうよう‐さんしょう‐けい)、陽明大腸経(ようめい‐だいちょう‐けい)、太陰肺経(たいいん‐はい‐けい)、少陰心経(しょういん‐しん‐けい)、厥陰心包経(けついん‐しんぼう‐けい)があり、また、足には太陽膀胱経(たいよう‐ぼうこう‐けい)、少陽胆経(しょうよう‐たん‐けい)、陽明胃経(ようめい‐い‐けい)、太陰脾経(たいいん‐ひ‐けい)、少陰腎経(しょういん‐じん‐けい)、厥陰肝経(けついん‐かん‐けい)の三陰三陽の、合計12経絡を教えている。

 人間が生まれながらに持っている成長ならびに発育の根源は、「生命力」である。この生まれながらの気を「先天の気」という。また、生れ落ちた後、飲食や大気などから取り込まれる酸素などの天空の気と、「先天の気」を合わせたものを「後天の気」といい、「先天の気」と「後天の気」を合わせたものを「真気」といい、これが気の本質である。
 人間は気の運行により、成長と発育の生命活動を営むことが出来る。この真気運行の通路が経絡であり、ここに12経絡と、奇経脈の任脈
(にんみゃく)と督脈(とくみゃく)を合わせて「14経絡」となる。

 そして、中有
(ちゅうう)は、「三つの経験」をするといわれる。その三つの経験とは、「死の瞬間の中有」「死した後の表現形態の中有」「再生を求めて父母を探す中有」の三つであり、この三つの経験は、「生」とは、逆のコースを辿って行われるという。

 東洋医学ではこの「三つの経験」を、次のように定義している。
 「上焦
(じょうしょう)」を横隔膜(おうかくまく)より上とし、「中焦(ちゅうしょう)」を横隔膜から脾経の神闕(しんけつ)までとし、「下焦(かしょう)」を臍(へそ)から会陰(えいん)までとしている。
 人が誕生する過程を追えば、それは「焦
(しょう)」からはじまる。「焦」は火が燃えて、それが焦(こ)がす態(さま)を表す。

 まず、生まれる瞬間は母体の陣痛
(じんつう)に始まり、子宮から膣の産道を通って、外に押し出される。この時の胎児の意識は、膣を通って出て行く際、「鉄のトンネル」の如き産道を通って、外に押し出されるようなもので、言語に絶する苦痛であるという。その苦痛の為に、生まれ出た赤ん坊は、「鉄のトンネル」を通って出てきたのであるから、その摩擦で真っ赤な躰(からだ)となり、そして痛さを訴える為に、ただ泣くしかないという。赤ん坊のオギャーと泣く産声(うぶごえ)とは、痛さを訴える為の、抗議への泣き声だったのである。

 「オギャー」と生まれて呼吸の「呼気」をし、これが上焦である。阿吽
(あうん)の「阿」である。
 次に臍
(へそ)の緒が切られる。これが中焦である。下焦で大小便をし、この三つの経験が、人間の誕生のプロセスである。したがって、「死」は、この逆のプロセスを辿るという。
 まず、自然死の場合、下焦の会陰
(えいん)が閉じられ、生命力は中焦の神闕(しんけつ)を経由して、上焦へと至る。上焦に至って生命力は、泥丸(でいがん)部分の百会(ひゃくえ)のブラフマの蓋(ふた)が開き、この開き口から、生命体を成す霊魂は体外に出ると、東洋医学では論じている。その時に、最後の息を引き取るのが「吸気」であり、これが阿吽(あうん)の「吽」である。

 人の誕生は、生命力の「火」が焦げ始めることからはじまる。逆に死は、この「火」が消える事をいう。精液という、「水」から生じた生命力は、「焦」の尽きるとき「末期
(まつご)の水」を必要とする。
 つまり、人間は、中有→水
(精液)→焦→末期の水→中有というプロセス通りに再生を繰り返し、生まれ変わりをするのである。これを仏道では「輪廻転生」という。

 一方、事故死の場合は、自然死のようなプロセスが辿れない。
 特に、水死や交通事故死、自殺・他殺や病死の場合、ブラフマの開き口は開かない。これは有無を言わさず、急激に死が訪れる為である。突然に襲ってくる死は、肉体と霊魂が分離する十分な時間がない。突然に、衣服を剥
(は)ぎ取られるような凄(すさ)まじい死が襲うのである。

 頭部の泥丸部のブラフマが開かず、生命力の魂は、肛門と睾丸
(あるいは女陰)との、ほぼ中央にある会陰(えいん)から、「陰」の総気(そうき)が洩れるようにして出てしまう。
 ブラフマの開き口から出た、「陽」の生気霊は、陽の性質に基づき、昇天していく。一方、会陰から洩れ出た陰霊は、地中深くに沈下していき、その感応は地縛状態となって、その場所に永く止まる事になる。一般には不成仏霊や地縛霊などといわれるが、これが事故死の実態であり、事故死とは、則ち、「横死
(おうし)」を指すのである。

 多くの人は、大方このように生まれ来て、また役割を終われば、もと来た場所へと帰って行く。人間は生を受け、生・老・病・死の四期を辿り、再び、もとの世界に帰って行くのである。

 こうして人の死を観
(み)ると、人の死には「様々な死に方」があるといえよう。
 したがって、「死ねば、これまでの意識もなくなり、総てはそれでお終い」と云うようにはいかないのである。現世の三次元現在界は物質界であり、生活の基本は、物質至上主義や科学一辺倒主義で、主に可視世界を指す。これが「この世」という「表」である。

 そして、人間の住む世界は現象界であるので、現象とは「変化」を指し、同時に変化をする為には「二大対極」の相反するものが存在しなければならない。眼に見える光以外に、もっと細やかな、素粒子より小さな心を司るモノがある。しかし、現段階では発見されていない。

 この二大対極の向こう側に、肉の眼では確認できない「不可視世界」がある。これが「あの世」であり、「裏」である。
 この事から人間の生命は、不可視世界と可視世界を循環していることになる。「生」あるものは、やがて寿命が尽きて「死」に至る。しかし、同じ死でも、様々な死に方があるのが周知の通りである。それならば、誰が考えても、事故死よりは自然死の方がいい筈
(はず)である。死に態(ざま)にもレベルがある。
 したがって、よりよき「死に態」を得る為には、生きているうちに「改心」しなければならない。

 「改心」とは、単に、これまでの「行い」や「心」を改めたり、悪い心を教化することばかりを指すのではない。一般には「改心して、出直す」などというが、最初から、もう一度やり直すことばかりでなく、これまで間違った固定観念や、先入観を消去させることも「改心」の一つである。

 間違った固定観念や、知らず知らずの間に蓄積した先入観は、固定的な観念や見解は、「自由な思考」を阻害する元凶となってる。真理が真理として捉
(とら)えられなくなり、意図的な洗脳によって、先入観は固定化されてしまう。そこに自由を失う元凶が横たわっている。

 例えば、先入観の一つとして、強い躰
(からだ)と言うのは、「強靱(きょうじん)な肉体と、体力だけを指す」と考えている人が少なくないようだ。
 また、「本当の健全」の意味も解しないまま、「健全な精神は、健全な肉体によって造られる」と思い込んで居る人が少なくないようだ。
 あるいは強い肉体は、強い精神力を持ち、そこから強い力、強いエネルギーが放射されると信じて疑わない人が少なくないようだ。これこそが、間違いを誘引する、先入観と固定観念の最たるものではあるまいか。



●より善い死に方をするには食を正す必要がある

 歳をとると肉体的には、多くの人が「下膨れ状態」となり、贅肉(ぜいにく)が下半身に集中してくる。これは二足歩行する人間の特徴であると共に、重力の影響を受けているからだ。
 姿勢の猫背で、前屈
(まえ‐かが)みになり、肩凝りを抱え、腰痛を抱えるようになるのも、この影響だ。階段の上り下りも、膝に負担がかかって、膝が高く上がらないようになり、また、左右の均等も崩れて、左右の脚が同じように動かなくなる。いずれかに負担がかかり、坐骨神経痛か下半身不随状態が顕れる。

 左右の腕も、右左が同じように動かせなくなり、肩の位置も、いずれかに高低差が生じ、左右の均衡が歪
(いびつ)になる。
 また、躰全体に贅肉がつき、引き締まった体型が崩れ、全体として方錐体型となる。尻の筋肉は垂れ、皺
(しわ)が寄り、腹や脇の下にも無駄な贅肉がつき始め、体臭も臭くなって「老臭」という状態が顕れる。

 人間は死に向かって生きている。死ぬ為に生きている。今は若いと自負していても、五十年も経てば、肉体上には老醜が顕れてくる。老醜はまず、異様なベタつくような
「発汗」から始まり、それには「汚臭」が伴う。視力が衰えて「失明」状態が起り、若い頃の筋肉は贅肉状態となって体脂肪過剰となり衰え、「落花」の現象が見え始める。そして、これらを総称した、老醜に絡む「絶望」が襲ってくる。

 また「若い」と粋
(いき)がってみても、それは幻想であることに気付き始める。命あるものは、必ず最後は死で終わるという「死の法則」から逃れることは出来ない。美醜を問わず、死の法則から逃れることは出来ず、寿命が尽きれば、喩(たと)え、神であっても死ぬ運命にあるのだ。
 しかし、問題は死ぬことではなく、死が近づくと、発汗・汚臭・失明・落花・絶望という現象が人間に起こることだ。
 快楽を貪
(むさぼ)った御仁(ごじん)も、享楽に興じた特権階級も、死を目前にすると、物質的な恩恵を受けてきただけに、これに驚き、嘆き、そして絶望という「諦め」が襲ってくる。

 こうした「諦め」は、何処から起ってくるのか。それは肉体は歪になり、肉体が言うことを利かなくなるからだ。肉体の内外に、様々な病根が姿を現すからだ。
 しかし、死の直前まで、肉体を有効に使う手段はある。肉体を有効に使い、死に臨むのと、粗末に扱って、死に臨むのとは大いに違っているはずだ。

 肉体の衰えは、運動不足から起るものでない。食餌法を間違うから、肉体が衰えるのである。一般に贅肉がつき始める現象を「運動不足」と考えてしまう。しかし、根本は運動不足にあるのではなく、食餌法に間違いがあるからだ。
 少年少女期から、食餌法を間違って大人になると、この習慣が青年期になっても、壮年期の働き盛りになっても、中々抜け出すことが出来ない。こうした間違った食習慣が、やがて晩年に至って、腰痛や肩凝りとしての病魔として襲ってくるのだ。この病魔の根源は、食餌法と食習慣の誤りから来る。

 つまり、食事と骨格部の開閉とは大きな関係があり、特に頭蓋骨
(ずかい‐こつ)、肩胛骨(けんこう‐こつ)、骨盤、肘関節や膝関節、脊柱(せきちゅう)などの骨格部は、一日の周期を以て開閉作用を行っていることだ。 この開閉作用を無視して、美食や飽食に趨(はし)ると、その報いは必ず慢性病となって顕れる。

 また、慢性病の元凶は体内に溜まった老廃物が排泄されないことに原因がある。これが肩凝りになり、腰痛になるのだ。
 溜まりに溜まった老廃物は、腸内で腐敗物質となり、体組織に影響を与えて各部位で炎症を起す。この最たるものが「ガン発症」である。それは血液の汚れにある。
 血液が汚れる最大の原因は、動蛋白摂取である。動蛋白を摂取すれば、血液は濁り、サラサラ状態が失われる。濁った血液は体内を循環して目詰まり異常な状態を起し、毛細血管の毛管の先端を目詰まりさせて、血行不全を起す。これは骨格の開閉と重なり、種々の病院を派生させる。老年期はこうした確率が多くなり、最後は食餌に間違いがあると、やがて「絶望」が襲ってくる。
 則
(すなわ)ち、この絶望の嘆きは、まさにガン患者の最後の嘆きと酷似するではないか。

 しかし、食餌法と修行という、心身の自制法に誤りがなければ、肉体は最後まで、人間として有効に、爽快に使うことが出来るのである。
 人間は、本来、自分のものは何一つない。自分の棲
(す)む土地も、その上に立つ建物も、それは本来自分のものでない。総て、「借り物」だ。
 法的に自分名義で所有していても、それは人間が決めたことで、宇宙の玄理から言うと、これは自分のものでなく、宇宙の創造神のものである。その証拠に、死ねば墓場まで持って行けないし、形あるものは、やがて失う運命が待っている。

 人は、総てのものを宇宙の創造神から「借りて」生きているのであり、「借りたものは返す」というのが、この現象界の掟
(おきて)ではなかったか。
 したがって、自分の使っている「肉体」すら、「借り物」であることを忘れてはならない。借り物である以上、粗末に扱っていいということは許されないだろう。出来るだけ大事に扱い、長持ちさせて使うことが、借りた者の「礼儀」ではないか。
 果たして、自分の肉体を大事に使うという礼儀を、現代人はどれほど厳守しているであろうか。

 大事に肉体を使うという大原則は、肉体を酷使して「苛め抜く」ことではない。また、甘えに乗じて、飽食に明け暮れることでもない。そこには自制法として、肉体に対して「礼儀」が備わっていなければならない。
 この自制法をマスターすれば、自らに貸し与えられた肉体は、再び生き生きと、瑞々
(みずみず)しく蘇(よみがえ)るであろう。それには「食を正す」ことである。



●横死する背後には不成仏霊の苦悩がある

電気椅子。アメリカの一部の州で死刑に用いる刑具で、現在でも使用されている。高圧電流を通ずるようにした椅子で、これに処刑者を座らせる。目が飛び出る為に、処刑者の目にはガムテープが貼られる。

 国家や社会の都合で、犯罪者を処罰する手段として「死刑」というものがある。法治国家では、個人の自由、人間的な平等、基本的な人権としての人格の尊重の原則は、等しく重視されている。

 しかし一方で、社会の秩序、福祉、安全といった国家社会の利益尊重の思想も重んじられている。この事から、個人と社会は、時として、相容れない行動に直面する。

 民主主義国家は、個人主義を基調としていても、社会的約束事には誰でも従わねばならない。もし、これに違反し、法に触れるような事をすれば、法的に制裁を受ける事になる。ここに「必要悪」としての刑罰の存在理由がある。
 但しこれは、国家社会の仕組みが、正しいと仮定した場合に限ることだ。もし、これが正しくなければ、国家社会の便益の為に、個人を国家の名において処罰する事は正義に反する事であり、法の理念にも反する事になってしまう。

 しかし一方で、ある人を自由に放置しておくと社会が迷惑するから、その者の自由を奪うのだと言う事だけの理由で、収監【註】法令により監獄に収容することで、「収監状」という、収監を命ずる検察官の令状が執行する)し、処罰すると言うのは納得できない事柄であろう。

 特に、「政治犯」といわれる理由で収監された人は、これに当たる。
 また、こうした収監理由や処罰理由の裏には、民主主義の標榜
(ひょうぼう)が、実は人間の尊厳を害する「落し穴」があるという事も同時に曝(さら)した事になる。
 しかし、こうした側面は、法の素人には中々見抜けるものではない。現行法は法的な複雑さと専門用語で絡
(から)め取られているので、この方面の素人には理解が難しい。昨今は陪審制が発足の見込みになったが、それでも法的解釈の難しさは、一方で複雑化する為に、よい事尽くめとは限らず、旧態以前の現象が予想されるであろう。現象界と言うのは、一方で簡素化されれば、他方で複雑化される相関関係にあり、双方は連動して影響し合う作用関係にあるのである。

 多くの人は、善良な市民を装い、兇悪な犯罪に出ないのは「罰される事が厭
(いや)だ」という打算的な理由が働いていることは否めないようだ。その一方で、人が見ていなければ「この程度の事なら」と、他人の眼のない事をいいことにして違反を繰り返すし、どうしようもない権力に対しては、「長い物には巻かれろ」と言う刹那(せつな)主義があり、小賢(こざか)しい分別主義は、ここに起因する。
 しかし、こうした打算を覆
(くつがえ)し、制裁を恐れない人もいる。刑罰がどんなに重くても、切死丹(きりしたん)殉教者のように、自己の信念に忠実な為に、甘んじてその極刑を受けた人達もいた。果たして彼等は、極刑に処せられる行為を、どれほど犯したと言えるであろうか。

1890年、史上初の電気椅子処刑による受刑者のフランシス・ケンムラーの処刑。電気椅子刑の特徴は、目玉が飛び出さないように、しっかりガムテープを張り付けておいてから高圧電流を流す。
 一見、電気によるショック死で、苦痛はそんなに大きくないと一般には考えられているが、「眼球が飛び出る」ことから、その苦痛は想像を絶するものであると思われる。


 刑罰や処罰と言うものを考えた場合、犯罪者の刑事責任は、結局「道義」に、その根拠を求めねばならないのであろうか。
 これを理想的に追言するならば、人間は等しく自由と人権が尊重されると言う大前提に立ち、犯罪者の行為を社会的に評価し、その道義責任を追求するというのが刑罰の本質でなかろうかと考える。

 つまり法的に処罰されるにしても、法に照らし合わせて、一方的に処罰を押し付けるのではなく、その道義責任を明らかにし、犯罪者に納得させた上で、処罰を課せると言うものでなければなならない。

 しかし、こうした道義的責任を追求した場合、多くの国家ではこうした事が有耶無耶(うや‐むや)にされ、道義的責任追及よりも国家の利益を考えて、意図も簡単に犯罪者を処刑してしまう。
 特に社会主義を標榜する北朝鮮などの社会主義国家
(この国は社会主義と言うより、封建主義国家と言える)では、政治犯の処罰を重く、公開処刑等という、十六世紀なみの時代錯誤の刑罰が実行されている。

 こうした刑罰の裏には、その究極の目的が不明確であり、要するに国家を標榜
(ひょうぼう)する王朝に対し、何らかの不利益が働くと言う防止策としてこうした処刑法が取られているのであり、本来の、現世から犯罪を追放すると言う法的な目的が不明確であることが否(いな)めない。

 法社会の中で「処刑」という行為は、一体人間に何を齎
(もたら)したのであろうか。
 法治国家は近代市民社会を構築する上で、重要な法社会を造る国家体系であるが、その法の精神はさておき、感情的に思い浮かぶことは、未
(いま)だに復讐(ふくしゅう)劇の要因であるハムラビ法典的な仇討(あがう)ち思想が、法の根底に流れていると言うことである。
 仇討ち思想は、被害者の身内に変わって、国家が法を執行し、復讐者あるいは報復者になってくれるということである。

 あるいは別の解釈として、社内の枠
(わく)から食(は)み出してしまった者は、不要な存在として、完全に切り捨てると言う考え方が働いている。
 昨今の法解釈において、死刑制度に対する賛否は様々であるが、人道的に許し難い犯罪者に対して、死刑擁護論者は、建前として、犯した罪を償わせる為に、最後の切り札として「死刑止むなし」の措置を提言している。しかしこの裏に隠れる本音は、死を以て購
(あがな)わせる社会的制裁の報復あるいは復讐の意図が色濃く漂っている。

 近代市民社会では、個人が個人に対して仇討ちをやることは禁じられている。したがって殺人事件が発生して、事件の被害者は、殺された側の遺族らの身内に代わりその報復として、国家に依頼し、加害者を殺してもらうという復讐劇の報復措置がある事が否めない。

 一方、死刑反対論者は、喩
(たと)え許し難い犯罪者であっても、闇雲(やみくも)に死を与え、殺してしまうことによって、果たしてその罪は償えるのか、と反論する。そしてむしろ、死を以て償いに充(あ)てられる受刑者が、罪を償うどころか、逆に報復的な処刑によって、その恨みの念を強く意識して、逆効果になると言うのである。
 こうした場合、むしろ生命を剥奪
(はくだつ)する前に、犯した罪に匹敵する重労働を課せて、「なぜ重労働をしているか」その反省を求め、労働を通じて改心に向かわせる方が有益ではないのかと言うのだ。

チェチェン紛争。未だに戦争の火種消えず。敵と看做されれば、問答無用で銃殺される。

 しかし、いずれの考え方も、容疑者が、犯人であるという動かぬ証拠が出て、誘導による自白でなしに、自らが犯罪のあったことを認め、それに見合うだけの措置を取られても止むを得ないと言う場合に限ろう。況(ま)して冤罪(えんざい)の疑いなどがなく、完全に無関係である場合に限るであろう。

 ところが不可解な事件は、冤罪がつきものであり、万一、冤罪が何らかの霊的作用
【註】霊障による犯罪と言われるもので、普段は温和しくて、善良な市民としての生活を営み、しかも小心者が大胆不敵な事件を起こした場合、これらの多くは霊的誘惑により事件を起こす作用。しかし、精神錯乱によって起こしたのか、精神異常により起こしたのか、この三次元顕界での判定は非常に難しい)による憑衣物(つきもの)によって引き起こされている場合、犯人に仕立て上げられた容疑者は、まさに断末魔の叫びの中で命を断たれることになる。そしてここで、次の怨念(おんねん)が派生する。

 こうした派生の巡り巡っての恨みが、現代社会には漂っていて、こうした事実を認める法学者は、余りにも少ないのである。
 どういう理由にしろ、殺人事件で殺される、死刑で殺される、戦争で殺されるという想念は、かなり長い間残るもので、こうした死に際する怨念は簡単に消えるものではない。

 死刑は、単に犯罪者を殺す事だけを目的にしているのではない。
 人間の死を考えた場合、死と言う受刑者に課せられた死刑の儀式は、まだ決して完成されたものではない。死刑の儀式の裏には、「見せしめ」という、犯罪者をつくらない為の権力者の思惑ならびに権力体制に楯
(たて)をつかせない意図が含まれている。社会主義国家の政治犯の公開死刑等は、これに当たる。

 そして政治犯を含む犯罪者に対して、如何に苦しめ、如何にして死に至らしめるかの、
「死出(しで)に向かう」ストーリーが、この中に含まれている。人間は死を選べない。また、生きる時代も選べない。ここに人間の世の、人間のして生きる「無常」がある。人生の果敢なさが此処にある。

 即ち、死刑に関しては、どのような方法を用いて殺すかを巡って、人間はありとあらゆる能力の限りを尽くして、多様で、残酷な処刑法を思い付いて来たと言うのが、偽わざる法社会の歴史であり、この歴史の中には、様々な道具を生み出した旺盛な想像力によって導き出された処刑具が存在する。



●刑罰の持つ意味

 死刑に匹敵する刑罰に「重労働」の刑罰がある。
 かつて中国では、刑罰の一つに「石を運ばせる」という刑があった。これは一切の建設的な要素を持たず、一旦運び終わると、また元の場所に運び返させる刑である。
 まるで「賽
(さい)の河原の石積み」に似ている。

 一つずつ石を積ませては、それを鬼が来て壊し、その壊れた後を、また「父の為……、母の為……、兄弟姉妹の為……」という、積み直すと言う気の遠くなるような作業である。
 仏道では、小児が死んでから苦しみを受けるとされる、冥途
(めいど)の三途(さんず)の河原では、石を拾って、父母供養の為に塔を造ろうとする。小児が小さな手で、石を拾って来ては一つずつ積み上げていく。すると鬼が来てこれを壊す。これを地蔵菩薩(じぞう‐ぼさつ)が救うという筋書きの、あの卑劣で陰湿なまでの作業を彷佛(ほうふつ)とさせるのである。

 石運びの重労働の刑は、何かを築くと言うのものではないから、運び終わったら元に戻してしまう。これは最も卑劣かつ陰湿な刑であろう。そして、この刑が執行されている最中、たいていの囚人は、発狂すると言われる。

 刑罰の背後には、人間の考えるあらゆる思考が集積されており、「残酷」が存在する。人間は有史以来、数々の残酷を繰り返して来た。
 そこに私たちの先祖を振り返る時、確かに残酷の数々が存在し、何百年にも亘
(わた)って、それが繰り返されて来たことに気付かされる。

 私たちはこうした血の中に、先祖の心を思い浮かべ、時代を超えて流れ続けている「残酷」の源流を、誰の心の中にも認めないわけにはいかないだろう。更には、現代の私たちが、その源流をどのように受け継ぎ、養っているか、それに思いを馳
(は)せないわけにはいかない。
 そして時代は変わっても、歴史の中に刻まれた「残酷」は、再び新たな残酷として蘇
(よみがえ)り、現代人の心を蝕(むしば)みつつある事に気付かなければならない。

 現代でも、形を変えて拷問
(ごうもん)は繰り返されている。借金地獄、交通地獄、公害地獄、地球破壊、テロの脅威など、その一つ一つを上げれば切りがない。この、いずれも、人間性否定と言う点で、私たちの先祖が繰り返して来た「残酷」と何等変わるところはない。

 天下太平。それに平和惚(ぼ)けに至る、このプロセスの裏には、過去にも勝る残酷の芽が現れ始めている事に、如何程の人が気付いているのだろうか。
 これが一歩進めば、忽
(たちま)ち血を血で洗う殺し合いに発展する危険性を、現代という時代は孕(はら)んでいる。こうした危険性は、日本史並びに世界史を見ても、決して未経験な事ではない。

 日本にはじめて近代的な民主主義の思想が花開いて、日本人がこれに満喫し始めたのは、大正時代のことであった。大正デモクラシーと共に、大正ロマンが香り、当時の人々は、夢や空想の世界に憧
(あこが)れ、現実を逃避し、甘い情緒や感傷を好む傾向に趨(はし)った。しかしこうした最中に、関東大震災が起こり、人々を震憾(しんかん)させた。それ以降、大震災に纏(まつわ)る大不況に悩まされる事になる。

 大正デモクラシーはあッという間に過ぎ去り、不況をベースにした様々な事件が発生した。昭和の幕開けはこうした形で開幕したのであった。スーパー・アウトローによるテロが続出し、やがて日本は、ひと握りの軍部勢力によってファッショ化の道を辿る事になる。その時勢を反映した暗殺と流血事件。そして戦争と言う大殺戮
(だい‐さつりく)の歴史が繰り広げられた。
 一つの民族を蝕み、食い物にした「残酷の魂」は、そう易々と消し去る事はできない。しかし、残酷の魂こそ、悪想念であり、この悪想念が、結局は我が身を滅ぼすと言う事を知らねばなならい。

 複雑多岐化した現代社会は、様々な事件や事故が起こる中で、加害者と被害者の区別がはっきりしなくなって来ている。人権擁護の圧力が猛烈であるからだ。
 自分が被害者だと主張していたら、いつの間にか、今度は自分は他人を苦しめる非人間的な立場に立たされていて、悪想念組織に加担させられている事が珍しくない。
 そしてこうした、恨みの憎しみが渦巻く
「怨念の世界」に、苦裟婆(く‐しゃば)を苦しみながら、私たち現代人が、現世に生きていると言う現実がある。



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