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合気剣術総合武範 1

合気剣術・総合武範




●合気剣術に向けて

 
剣術の極意は「無眼(むがん)」である。眼に頼らないことを「無眼」という。
 無眼は眼からの超越を意味する。肉の眼に頼らないことを言う。
 眼に頼れば、邪魔なものまで映ってしまう。
 肉の眼とはそんな不便なものである。
 見えているようで見えてないのが、人間の持つ「肉眼」なのだ。
 人間はそん不便なものをぶら下げ、“見えている”などと豪語する。
 ところが、剣を見ると、どうか……。

 剣筋を見ると、どうか?……。
 果たして、その動きが見えているのか?……。
 見えていれば、そういう肉の眼でも敵の剣の翻弄
(ほんろう)されることはない。
 ところが実際はどうか。
 敵の剣に眼がつけば、敵の剣に縛られてしまう。敵の剣に縛られれば、心に怯気
(おじけ)が生ずる。心が怯気れば、吾(わ)が動きは固くなる。どうにもこうにも、動きがとれなくなる。
 それは何故か。
 普段の……普段の動きが出来なくなるのは、何故か。

 また、吾が剣に眼がつけば、吾が剣に頼って自在に動けぬことになる。つまり、吾が剣に縛られてしまうのである。
 これは、喩
(たと)えば、強そうな巨漢に立ち向かう時、相手の姿に眼がつくと、何と恐ろしそうな大男だと思い込み、その方に気が取られてしまう。心が竦(すく)んでしまい、伸び伸びと動けぬようになってしまう。つまり、吾が眼が邪魔するのである。

 したがって、眼に頼らぬ境地が必要である。
 現象人間界は眼が邪魔する世界でもあるのだ。眼明きの為に、本当の自由自在な動きが縛られるのである。また、眼で見るものは「物」である。つまり、人間の目は「物」の為に動きが狭められ、邪魔されるのである。

影上段の構えと影中段半身の構え
右胴払い
霞打ち

 「見る」ということが、実際には心の躓(つまず)きになるのである。したがって「見ない」という心が起ってくる。
 私たちは、よく「眼をつぶって我慢する」などの言葉を日常茶飯事用いている。「眼をつぶって通り抜けた」とか、「見て見ぬふりをする」という言葉を用いる。
 
これは、多くの場合、美徳に通じるものである。つまり「見ない」という言葉の背後には、人を寛大な気持ちで「許す」という意味が込められている。寛厚
(かんこう)な徳分も、「見ない」ところから積まれるのである。

 そこで「眼を越える」という境地に辿
(たど)り着かなければならない。
 人間の目と言うものは、外に向かって開かれている。眼で見たものは総
(すべ)て外に置かれたものである。「外に置かれた」とは、自分の外に置かれたと言う意味であって、自分の外においたとは、つまり「自分ならざる」ものにしたということである。

 どんなものでも、自分の眼に映る映像は、自分と離れたもの、自分でないもの、自分の外にあるものにされているのである。この「自己」というものでも、眼で見た時には一個の物体となり、自分の外に置かれたもの、自分でないものにされているということである。ここに眼で見る事から起る「誤り」が派生するのである。
 したがって、眼に頼っていては、本当のものは分からないのである。心の動きや心の真相は、肉の眼では見る事が出来ないのである。

 眼をつぶれば、我慢出来るものは我慢する。見ても、見ぬふりをする。そして「許す」という境地こそ、物や形に囚(とら)われない姿なのである。
 人間の怒りや怨みと言ったものは、みな物の形であり、相手の個体について出て来たものであり、眼について物を見、人を見ていると言う末端現象に過ぎないのである。そこを離れて、人間がお互に一体となるところに、総ての万物の心があるのである。

 そして、極意として示唆するところは、眼を越えて出るというところに、どこまでも眼に誑
(たぶら)かされない真実があるのである。これを総称して「心眼」というのである。
 わが流の剣は、この「心眼」をもって剣の極意に回帰するのである。



●大東流剣術と「能の摺り足」

 自在に剣を遣(つか)いこなすには、まず素振りによる呼吸法の会得が大事である。木刀を持ち、素振りの呼吸法を会得するには、単に一般に市販されている木刀ではなく、素振り用の木刀が必要不可欠となる。この素振り用の木刀を用いて、一人稽古法として、日々素振りを行い鍛練するのである。

 植芝系の合気道では殆ど、剣を用いた稽古は、あまりやられていないようであるが、大東流では剣を最重要の修練過程に取り入れている。それは剣の裏技が柔術であり、柔術を遣うには剣の間合いと呼吸を会得する修練が欠かせないからである。
 素人考えで、柔術は畳の上での修練と誤解されやすい。しかし柔術は剣術の裏技であり、剣術をある程度、理解しない限り、本当の柔術に至る事は出来ない。


左胴払い
転身突き

 柔術は剣を用いない、剣の無刀捕りであり、実際には剣を用いないが、自らの手刀(て‐がたな)を剣に見立て、敵と対峙(たいじ)し、それと戦う儀法である。
 ところが一般に知られる合気道は、誰にでも出来る新興武道であると言う印象を抱かせるために、無刀同士で組ませて、剣と言う、難解な技法を排除して、簡単化した宣伝効果を狙ったものであるといえる。そしてこうした目論みがあった事は、否定できない。そのために、剣の修行法が殆ど存在しないのである。

 西郷派大東流の合気剣術の「剣操法」の修行を挙げると、まず、次のような特徴があげられる。

手頸(てくび)に関して、伸びんとする手頸を保つようにするのが、大東流合気剣術の特長である。
肩に力を込めず、伸び伸びと行い、左右の方が孰れかに傾かないようにし、鏡を見ながらこうした歪みを是正する。こうした素振りを十分に行うと「怒り肩」にやらず、山型の「撫(な)で肩」となる。昔から、撫で肩に剣豪と言われる人が多かった事はよく知られている事である。
上段の構えは、単に右上段ばかりでなく、左足前の、左上段がある事を理解しなければならない。左足を前にして構えるのは、伝統的古流剣術の定石(じょうせき)である。ここが近代剣道とは異なっている大きな特長である。
剣を上段に振りかぶった時、剣が後方に垂れないように注意しなければならない。振りかぶり過ぎの戒めである。上段に構えた角度はおおよそ45度である。
この時、出来るだけ肩の力を抜き、胸を大きく張るようにする。上段に構える。
剣の握りは、茶巾絞りの要領で絞り込み、右手に左手を付けるようにし、剣の小尻に当たる部分を掴まないようにして、左右の掌の返しがスムーズに行くようにする事が肝腎である。握りの主体は左手であるが、右手を鍔元に固定したまま、左手が柄の小尻から鍔元までを行き来する。
能舞台(厳島神社)

 以上の剣操法において、この左手を常に動かすと言う点も、近代剣道の長い竹刀の柄の握りとは異なっている。真剣ならびに木刀の握りは、熟練者については剣の柄一杯に左手を握り、初心者は鐔許(つばもと)近くを握り、右手との感覚は、一拳くらいか、それより若干短くして握り、この握りの形で空間を作る。

 また上段の構えから一刀両断にして斬り結ぶ場合は、両手の「合谷」
(ごうこく)の経穴同士が一直線上になるようにして握るのが肝腎である。このように正しい剣の操法を知っておれば、指導者から口伝の部分を教わる場合、非常に分かりやすく、その手順なども正確に把握できるので、以上の事は正しく理解すべきである。

 更に、剣の握りの極意は、「手の裡
(うち)を鍛える」と言う事にあり、これは相打ちで、敵を必ず倒すという「相打ちの剣」をマスターするための修行法である。
 この世のものは総てが流転し、流動的なものである。したがって千変万化・臨機応変に、何事も対応しなければならない。型にこだわり、骨董品の古い稽古方法にこだわっていると、ついには行き詰まり、敗北の要因となってしまう。常に実線をイメージしながら稽古をすれば、臨機応変は作
(な)るのである。

教養としての能鑑賞は、武家の為来りとしての足運びの大事な作法があった。

 また、転身素振り(西郷派大東流では「四方素振り」といい、「四方之位」を会得する基本動作となっている)をする時は、右足を軸としてそれに左足が左右の振りに応じて、90度ずつ動き、この際の左足は近代剣道競技のように、後ろ踵(かかと)が、床から離れないように注意する。つまり「つま先立ち」にならないようにするのである。
 足の重心の掛け方や、足運びは「摺り足」であり、これは能楽
のう‐がく/日本芸能の一。能と狂言との総称。平安時代以来の猿楽から鎌倉時代に歌舞劇が生れ、能と呼ばれた。それに対して猿楽本来の笑いを主とする演技は科白劇の形を整えて、狂言と呼ばれた。両者は同じ猿楽の演目として併演されてきたが、明治になって猿楽の名称が好まれなくなり、能楽の名と置きかえられた。現在、観世(かんぜ)・宝生(ほうしよう)・金春(こんぱる)・金剛(こんごう)・喜多(きた)のシテ方5流のほか、ワキ方3流(宝生・福王・高安)、狂言方2流(大蔵・和泉)、囃子方14流がある)の足運びと一致する。

武術家として大切な行動原理は「歩き方」である。
 人間が歩くと言う行為は、常に大地からの反動を得て、躰を移動させるのであるから、この行動の中には、つまり「歩き方」が会得出来ていなければならず、これが武術家としての「足捌
(あしさば)き」となる。

 この足捌きは「大地を信頼する」という、日本人の古来からの農耕民族としての畏敬
(いけい)の念が示されており、自然の理(ことわり)に適(かな)った「歩き方」をしなければならない。

摺り足の歩き方と重心

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 さて、古来より武士の歩き方は、能楽(のう‐がく)や狂言(きょう‐げん)などと同じように、武人特有の「摺(す)り足」であった。
 この摺り足の中に、武人の総
(すべ)ての行動原理が包含されていた。

 これは、能楽が生まれた時代背景と密接な関係にある。
 能の発祥は、平安時代以来の猿楽から鎌倉時代に歌舞劇が生れ、能と呼ばれた。それに対して猿楽本来の笑いを主とする演技は科白劇の形を整えて、「狂言」と呼ばれた。両者は同じ猿楽の演目として併演されてきたが、明治になって猿楽の名称が好まれなくなり、能楽の名と置きかえられた。
 また、能役者の作法は武家の作法であり、その動きの基本は摺り足であった。

 摺
(す)り足とは、「敵に悟られない歩き方」であり、また、自分の居所を知られないようにする歩き方である。
 この歩き方は、西欧の狩猟民族の弾むようなステップする歩き方とは異なり、大地を信頼した、農耕民族特有の歩き方である。しかしこうした歩き方は、今日、一部の古流武術などを残し、総べてあとは消失しているようである。

 もともと大東流の歩き方は、御式内
(おしきうち)に由来する、殿中作法からも窺(うか)えるように、能や狂言と同じ「摺(す)り足」であった。ところが、昨今の殆どの大東流愛好者は、その重要な基本的な要(かなめ)を忘れ去り、ただ大東流の高級技法ばかりに眼を奪われている観(かん)が強い。

 大東流の指導者の中にも、御式内と大東流とは全く関係無いものとして、こうした殿中作法である、歩き方を無視する者までいる。
 そしてその愛好者の殆どは、競技武道と同じように、ただ相手を負かし、勝てば良いと思って練習しているため、こうした肝腎な行動原理を無視した考え方が否めない。

 要するに、今日の武道界を振り返ってみると、柔道や近代剣道の歩き方は、実質的な立場から分析すれば、その殆どが「べた足」であり、既に武人の心構えであった、「摺り足」の基本を忘れてしまっているようである。

剣道・正眼之構えの対峙
剣道・正眼対上段の構え

 また空手や拳法は組手などから窺えるようにボクシングと同じステップを利用した「跳(は)ね足」であり、到底武人の歩き方とは程遠いものがある。ここに武術と格闘スポーツの違いがある。
 
 さて、西郷派大東流合気武術は、「歩き」という行動原理の源は、御式内の作法にある通り、能や狂言の摺り足と考えているので、足の拇指
(おやゆび)の付け根部分に当たる拇趾球(ぼし‐きゅう)の膨(ふく)らみ部を中心軸として、そこで躰(からだ)を支えるように指導している。そして他の部分は地面に軽く接するようにするのである。つまり能や狂言の自然の動きこそ、人間の歩く行動原理だと考えているのである。
 拇指の付け根で立脚することこそ、武人の行動原理なのだ。

日本武術の特長は「摺り足」にある。一切動物的に跳ねず、静かに忍び寄るところから、日本武術の戦闘が展開される。

 こうした歩き方をすれば、まず、何処を移動するにも、音を立てずに歩き事が出来、それは同時に、自分の居所を知られず、敵に近付く事が出来るという事でもある。この摺り足の歩き方は、武術を修行する上では、非常に大事なことであるので、是非とも会得したいものである。

 また、摺り足が上手になると、敵の剣を一旦跳ね上げておいて、「間の外し」が巧妙になる。
 「間の外し」は、敵も吾も互いに間合の中に入っていながら、敵が吾
(われ)を打とうとして打てないことを謂う。この「間の外し」を遣(や)られると、足運びの拍子が狂い、間合の中に居ながら始終、間を外されたままになり、打とうとしても一手遅れてしまうのである。



●間の外し

 「間の外し」は、調子の狂いから派生する。調子が狂うと謂(い)うことは、リズムが不定形ということであり、拍子の狂いから起る。拍子と謂うものは、自他共に反映し、「間の外し」は、端的に謂えば、「リズムを狂わせる」ことである。

「間の外し」によって、一旦打ち込んだ剣が跳ね上げられ、打とうとして中々打てない状態となり、遂に打ち込みが一手遅れるのである。

  人にも、動物にも、大自然の至る所にも、リズムと言うものがある。これを兵法では「拍子」という。この拍子は決して疎かには出来ないものである。拍子を無視しては、兵法の奥儀には達せられないものである。
 則ち、拍子が合えば、何事も調子良く行えるものであり、これが狂えば遅れを取る。

 武芸の道においても、拍子は大事である。弓を射るとき、鉄砲を放つとき、馬に騎乗する際も、みな拍子を必要とする。拍子を乱したのでは、弓も射ることは出来ないし、鉄砲も撃つ事は出来ない。騎乗しても、馬から振り落とされよう。

 また、武術求道者にとっても、その一生は拍子で貫かれているはずである。修行をしてそれが成就するのも、途中で挫折して失敗するのも総
(すべ)て“拍子”である。
 運勢的に言っても、家が栄えるか、没落するかも拍子であり、順風満帆
(じゅんぷう‐まんぱん)な時、躓(つまず)く時、それぞれに皆、拍子と言うものがある。あるいは理財を為(な)して資産家になるときも、破産するときも、皆、拍子があるものだ。
 拍子により、栄枯盛衰の法則に引き摺
(ず)り込まれ、そこに働くものは「三時業(さんじ‐ごう)」である。

 三時業とは、「順後業
(じゅんご‐ごう)」のことであり、現在世に善悪の業をなし、来来世より未来無量世にその報いを受けるものとされている。
 この事は、『平家物語』などに「業にさまざまあり。順現・順生
(じゆんしよう)・順後業といへり」と記されているように、現在世に善悪の業をなし、現在世にその報いを受けるものとされる。

 密教などに結びつく武術修行の「業」は、「三時」に回帰する。つまり修行の善し悪しにより、その結果が予定され、かるそれに相応しい原因が派生すると言うものである。
 修行の善し悪しは、密教で言う、「三時業」のことであり、善悪の業
(ごう)を、その結果を受ける時の遅速によって、三種に分けたものである。

 順現受業
(じゅんげん‐じゅ‐ぎょう)すなわち現生に「業」を作って、現生に「果」を受けるものと、順次受業(じゅんじ‐じゅ‐ぎょう)すなわち現生に「業」を作って、次生に「果」を受けるものと、順後受業すなわち現生に業を作って、次の次の「生」以後に「果」を受けるものの総称である。
 後世
(ごぜ)に如何なる“結果”を齎(もたら)すかは、結果から派生する“原因”に回帰される。結果により、それに相応しい原因が派生するのである。その結果が原因を呼ぶ、この焦点にこそ、「三時業」を派生させる“拍子”が存在し、それが一人の人間の修行の一切を支配する。また、拍子の善し悪(あ)しによって、「間(ま)」が生まれ、この間は拍子を打つタイミングに回帰される。これが「頃合い」であり、「汐時()」である。

 したがって、発展する時にも拍子があり、衰退する時にも拍子がある。そして拍子は「刹那
(せつな)」に顕われ、また消える。瞬時の事である。
 これをよく見分けることも大事であるが、問題なのは「兵法
(ひょうほう)の拍子」というものであり、この拍子にはいろいろあるが、まず、術者がどの拍子が合い、どの拍子が外れるかよく研究することである。

 更に拍子には、大小があり、遅速がある。なかでも、ピッタリ合った拍子、あるいはピッタリ合った間合、またその裏をつく、「間の外し」ということも知らねばならない。これを「逆拍子」という。特に、この逆拍子を知らなくては、兵法は確かなものにならない。

 戦闘の場合、敵の拍子を知った上で、敵の思い掛けない拍子を狂わせることで、相手に当たったり、知略を用いなければならない。拍子は元来、無形のものであるから、肉の眼には写し取ることが出来ない。これは動きの中に存在するものであり、形として顕われるものではない。
 則ち、形として姿をとどめないからこそ、無形のものを会得すれば有利に自己を押し上げることができるのである。

 それは「間の外し」と会得することで、逆に敵のリズムを狂わせ、かつ撹乱させ、自分の運びを有利に展開できるからである。間を外すことによって、敵のリズムを掻き乱し、敵を苛立たせ、怒らせ、あるいは油断させ、迷わせ、侮
(あなど)らせ、どれにしても敵のリズムを徹底的に狂わせることは、「間の外し」であり、「逆調子」なのである。

試し斬りは、“刹那”の拍子によって行われる。そしてこの“刹那”は、一定の拍(はく)がひとまとまりになって、リズムの基礎を為(な)している。

 ちなみに「試し斬り」における媒体の“切断”は、拍子によって行うものであり、拍子が合えば媒体はうまく切断出来るが、拍子が狂えばその“刹那(せつな)”を逃し、斬り据える事は出来ない。


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