運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
生死の循環・中有思想 1
生死の循環・中有思想 2
生死の循環・中有思想 3
生死の循環・中有思想 4
生死の循環・中有思想 5
生死の循環・中有思想 6
生死の循環・中有思想 7
生死の循環・中有思想 8
生死の循環・中有思想 9
生死の循環・中有思想 10
home > 生死の循環・中有の思想 > 生死の循環・中有思想 1
生死の循環・中有思想 1

生死の循環・中有の思想






霊は意識体である。意識が霊の念を構成している。
 したがって、霊を怕
(こわ)がってはいけない。恐ろしいと思ってはいけない。
 むしろ、死者の意識が霊を構成する現象として顕われ、何かを現世に残る者に知らせようとする場合、そこには「哀れ」が存在しているからである。

 この「哀れ」を深い慈悲で、可愛想と思ってやらなければならないのである。慈しみの心をもって接し、可愛想と思うことである。哀惜の念をもつことである。
 死者の意識からなる悲痛を感得し、悲しみ、惜しみ、その存在を理解して一刻も早い成仏を願うことである。


●満つれば欠く……おごれる人も久しからず

 栄枯盛衰(えいこせいすい)は人の世の習わしである。
 『平家物語』の冒頭には、「祇園精舎
(ぎおん‐しょうじゃ)の鐘の声、諸行無常の響あり。娑羅双樹(さら‐そうじゅ)の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらはす。奢(おご)れる人も久しからず、只(ただ)春の夜の夢の如し。猛き者も遂には滅びぬ、偏(ひとえ)に風の前の塵(ちり)に同じ」とある。
 無常観をひしひしと綴っている。

 祇園精舎
(Jetavanavihara)とは、須達(しゆだつ)長者が、中インドのコーサラ国の舎衛城しゃえ‐じょう【註】中インド、迦毘羅衛(かびらえ)国の北西にあった都市。コーサラ国の首都。釈尊がしばしば説法教化した地で、当時、波斯匿(はしのく)王および瑠璃(るり)王の居城)の南、祇樹給孤独園(ぎじゅ‐ぎつこ‐どくおん)に釈尊および、その弟子の為に建てた僧坊のことである。釈尊の説法の多くが此処(ここ)でなされ、「竹林精舎(ちくりん‐しょうじゃ)」と共に、二大精舎というのである。
 また、竹林精舎は、中インドのマガダ国の王舎城の北方にあった僧院ことである。迦蘭陀
(からんだ)長者が土地を、頻婆娑羅(びんば‐しやら)王が建物を、釈尊に献じたもので、仏教初期の僧院のことである。

 時は刻々と変化し、止まる事がない例えを『平家物語』は顕
(あら)わしているのである。その意味で、過去の英雄の、ありし日の姿も、栄華も、「只(ただ)春の夜の夢の如し」となるのである。
 この物語は、平家一門の栄華とその没落や滅亡を描き、仏教の因果観や無常観を基調とし、調子のよい和漢混淆文
(わかん‐こんこうぶん)に対話を交えた散文体の一種の叙事詩である。

 特に、因果観や無常観の叙事詩は、平曲として琵琶法師によって語られた。
 そして、『平家物語』を包含しているものは、万物は流転する無常観である。
 万物流転の理
(ことわり)こそ、権力者が知らなければならない宇宙の真理だろう。権力に驕(おご)る者の栄華も、まさに“春の世の夢”なのだ。

 それは武勇で名を轟
(とどろ)かせた勇猛な武将であっても、最後には滅び行くのである。
 これは宛
(さなが)ら「風の前の塵(ちり)」に酷似するではないか。
 こうした状況は、この国だけではなく、異国にも存在した。栄枯盛衰
(えいこ‐せいすい)の例を挙げれば、ざっとユーラシア大陸を検(み)ただけでも、多くの栄枯盛衰があった。

 古代から現代に至るまでの人類の数々の歴史を振り返れば、その大半は「戦争の歴史」である。
 戦乱や戦争こそ、人類の築き上げた歴史であることが、雄弁に物語っている。
 一つの民族や国家が、敵対する他のどの勢力よりも、圧倒的な軍事力を持つ場合、そこにが壮大な支配体制が確立されることになる。

 特にユーラシア大陸に於ては、これが顕著だった。
 マケドニア、ペルシャ帝国、サラセン帝国、蒙古などがそれである。しかし、どの民族、どの国家も、それが自然体である場合、栄枯盛衰はまさに大自然の摂理と言えよう。

平清盛像

 平家の栄耀栄華も、こうした大自然の摂理の中にあったといえよう。
 とりわけ、六波羅
(ろくはら)の入道、前(さき)の太政大臣(だじょう‐だいじん)、平朝臣清盛(たいら‐の‐あそん‐きよもり)は保元・平治の乱後、源氏に代って勢力を得、累進して従一位太政大臣になった人物である。そして、伝え聞けば、人間の想像を絶する筆舌に尽くし難い人物であったと云う。

桓武天皇 逃げる平家

 清盛の祖の先祖は、桓武天皇の第五皇子と発し、それから三代を経て「平」の姓を賜
(たまわ)ったと云う。その九代目が平正盛(たいら‐の‐まさもり)であり、白河法皇に信頼され、検非違使(けびい‐し)・追捕使(ついぶ‐し)として諸国に賊を討ち、伊勢平氏興隆の道を開いたとされる。その正盛の孫が清盛だった。また、清盛は忠盛(ただもり)の嫡男(ちゃくなん)であった。

 平忠盛なる人物は、白河・鳥羽両上皇に信頼され、大治四年
(1129)に山陽・南海二道の海賊を追捕し、保延元年(1135)再度西海の海賊を平らげ、累進して、刑部卿ぎょうぶ‐きょう/刑部省の長官)に進み内昇殿うち‐の‐しょうでん/清涼殿の殿上(てんじょう)の間に出仕すること)を許された。更に日宋貿易【註】平安中期から鎌倉中期にかけて行われた日本と宋との間の貿易。平清盛は大輪田の泊を開いて瀬戸内海航路を整備し、貿易の振興に尽力)に尽力したのである。
 こうして平家一門の経済的基礎を作った人物であった。清盛の平家の栄耀栄華は、忠盛の経済基盤によるところが多い。

 しかし平家の栄耀栄華も、翳
(かげ)りが見え始め、暗雲が垂れはじめるのである。
 それは「都移り」に始まったのである。清盛の娘徳子が高倉天皇の皇后となった。そして、その子安徳天皇を位につけ、皇室の外戚として勢力を誇ったのである。平家の子弟はみな顕官となり、専横な振舞が多く、その勢力を除こうとする企ても、しばしば行われ、清盛の没後数年にして、平氏の嫡流は滅亡をみるのである。

 栄枯盛衰は、「満つれば欠ぐ」という大自然の現象の支配下にある。
 これは潮の流れに酷似するものである。潮の流れは複雑に渦を巻きながら海流するものだが、喩えば対馬海流から入った黒潮は、北上しながら、その間、あちらこちらで反流を描き出す。
 それは「月の影響」で起り、この満ち干きが“潮流”というものを作り出す。この潮流が反転し、あるいは複雑に渦巻くのである。そして潮流同士が再びぶつかり合うのである。

 黒潮は海流である。それはぶつかり合う自然現象の支配下にある。ぶつかれば複雑に絡み合い、これに風が加われば、破天荒の時には、重い咆哮
(ほうこう)を放つのである。そしてそうした咆哮を放つ箇所は、沖行く船の難所として知られ、また船の墓場などとも謂(い)われている。

 奢
(おご)り高ぶった人間も、やがては潮流の支配下に巻き込まれるように、やがては破天荒(は‐てんこう)に遭遇し、反流に揉まれ、渦巻く潮(うしお)の中に巻き込まれて没するのである。
 「天荒」は天地未開の時の混沌たるさまであるから、これを破り、更に拓
(ひら)く意味が有り、今まで誰もしなかった事をすることなのだが、転じて「未曾有(みぞう)」の危機に遭遇するのである。破天荒こそ、この意味をよく言い当てている。

 人間の運命には、中有
(ちゅうう)が物語る通り、善きも悪きもないのだ。
 この世はどう考えても、「ろくでもない世の中」である。“ろく”なところでない。
 “ろく”とは、「碌
(ろく)」の漢字が宛てられる。
 つまり「まっとうでない」ということだ。誰もがこうした世の中に「苦」を背負って生きている。ろくでもない世の中では、愉しいことなど、殆ど無い。この世は愉しいところではないのだ。

 したがって、人間がこの世で与えられている“幸福”と“不幸”の量は、殆ど誰も同じであり、此処にこそ「人間の平等」の理屈がある。この意味で、「人はみな平等」なのである。

 人間は、幸不幸の量は人ぞれぞれに異なり、あの人は運が良いとか、この人は不運だと云うが、それは傍目
(はため)から検(み)た感想であり、「人はみな平等」の関係から、そんなに違うわけはない。傍目で見る外側からの観想は、幸運だとしてもそんなに飛び抜けて幸を享受しているわけでなく、逆に、不幸そうに見えても、その人が不幸の真っ只中で喘(あえ)いでいるのではない。単に外側から、そう見えるだけである。これに他人の註釈をつけるのは無用である。

 更に不幸の真っ只中に居ても、その人の感覚に鈍麻なところがあれば、不幸だって満足出来るし、逆に幸運の真っ只中に居ても、その人が欲深ければ、奥の単位で金を稼いだとしても、もっともっとと、麻薬患者のようにまるで麻薬を欲しがるように金を欲しがるだろう。欲しがる範疇
(はんちゅう)において、その人は、傍(はた)から見れば幸運の真っ只中にいるのだが、それに気付く感覚が鈍ければ、幸運にあるのにも関わらず、まだ得たりないのである。これでは、どちらが不幸か判別しないではないか。

 したがって「苦海」とされる、この世は実に碌
(ろく)でもない処で、この世が碌でもない処と分かれば、そんなに幸不幸に目くじらを立てて、歎(なげ)くことはあるまい。
 所詮
(しょせん)人間はこの世では、「楽」は得られない生き物であるからだ。仮に楽を得たとしても、それは一時の事であり、結局栄枯盛衰の法則に振り回され、最後は消滅するようになっているのである。



  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法