運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
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はじめに/ご案内
 『はじめに/ご案内』は本サイトの趣旨ならびに目的について、紹介欄を掲載しております。まず、はじめにご案内をお読み下さい。
── 日々新たに進化するをモットーに ──

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入会案内
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運 気
 運気は自然の巡り合わせから起こる。これを古人は運命と言い、天地・人体を貫いて存在するとされた「五運六気」で顕わした。
 五運六気の「五運」とは、五行(ごぎよう)の運行説くところの、「木・火・土・金・水」である。

 また、「六気」とは、天地間の六つの気のことで、「陰・陽・風・雨・晦・明」または「寒・暑・燥・湿・風・火」の事を指す。あるいは人間の心が醸し出す、「喜・怒・哀・楽・愛・悪」の六つの感情である。

 人間はこの中にあって、喜怒哀楽に振り回され、局面的な一喜一憂に踊る。得をして幸運だったと感じ、損をして不運だったと悔(くや)しがる。
 しかし、得をして幸運なのか、損をして不幸なのか、それを正確に確かめる方法はない。
 自分の身の上に些(いささ)か不都合なことや、願わないことが起きても、それが果たして一見自力現象に思えるその結果が、自身の不注意や不手際で招いてしまったのかを突き詰めれば、実は自分の行為だけで決定したことでない。裏には運が関与していたことがわかる。

 何かが支配し、何か人間の眼では見えない働きがあったことが分かる。
 世の中は「こうありたい」と願っても、その通りにはならない。「自分は今幸せです」という人にも苦労がないわけでなく、死にたいと思う人でも、実際にはなかなか自殺はしない。楽しいこと中にも、辛い要素が含まれていたり、辛いことの中にも、楽しさが皆無であると言うわけではない。

 運気とは、そういう人間現象界の事象の中に含まれていて、実は、苦しみの中からしか、本当の自分の発露は確認できないと言うことなのだ。
 これを更に明確にすれば、自分が「幸福である」とか「幸福の只中にあり、これを存分に享受している」と思っている間は、駄目なのである。

 人間は幸福である限り、どこまでも思い上がる種族の生き物である。今の幸運だけを求めるものである。しかしそこに落し穴がある。衰退する「はじめ」がある。
 禍福は糾(あざな)える縄の如しという。
 片方だけで出来上がっているのではない。ここには肉の眼で「見えない部分」がある。
 あたかも、「藕糸(ぐうし)の絶えざる如し」と言ってもいいような科学的体系とは別の有機的なる繋がりがある。背後には、地下には蓮華の糸筋が隠れた部分として茎まで流脈をもった有機体的な体系が存在する。

 科学的という言葉で物事の一切を一蹴(いっしゅう)すべきでないだろう。
 こういう人間の思い上がりは、側面に殆(あや)うさが潜む。
 自信を持ち続け、このような幸福が一旦確立されると、それにしがみつこうとする考え方に固執しはじめる。保身が濃厚になる。
 つまり、このような幸福は、いつ崩れるかと、ハラハラ・ドキドキしなければならなくなるのである。

 そして、大抵の人間は、自分が「幸福に相応(ふさわ)しい人間」だと思い込んでいるのである。
 また、こうした幸福は自分の努力によって手に入れたものなので、自分が努力を怠らない限り、あるいは心掛けが悪くない限り、いつまでもこれを享受する事が出来、この幸運は狂うことはないと思い続けている。

 ところが、思い掛けないところに落とし穴がある。人生街道の側面には鬼門が控えている。
 人間は幸福であることより、不幸の只中に居ても困窮しない自己を確立することである。自由を得て幸福を獲得する。

 現実の世の中を見ていると、決して正当な人が正当に報いられると言うことはなく、不正な人でも一時(ひととき)の幸運は手にすることが出来る。
 また人間は一種の火遊びをして、火傷(やけど)をしなければ懲(こ)りない性分であるから、私たち人間は火傷の後に、本当の人生の意味を理解する生き物なのである。その理解度が深まれば深まるほど、人間は強くなるのである。

目次一覧

好機到来の法則
第一章 現世の構造を知る
恥をかく 本当の恐怖 自己の裡側を見つめる 八方美人は身の破滅 筈身(はずみ)の威力 知性という第二の体力 幽体離脱 摩擦の原理 悟りは突然に開けるものである 蜘蛛之巣(くものす)構造のアンテナを張る 未来人は現世に存在している 忘れ去られている感覚 人を動かす原動力 人間には大宇宙の遺伝子が存在する 怒りと人体の影響について 元気のよさは運勢を安定させる 集合体の法則 魅力とは何か 心の逆転操作法 一か所に留まると水は淀む 有頂天の世界を警戒する心 慧春(えしゅん)の生き方に学ぶ 不徳の勧め 人間、誰もが糞袋(くそぶくろ) 宇宙現象は無因果である 人生五分五分の法則 果てしない徒労の果てに 中心帰一の法則 マクロ的発想 不増不滅の法則 流行やマスコミ工作の実体 運命学という偶像 奴隷の領域から解放される 戦いざま <肩の重荷を降ろす (おご)れる者は罰が当る時代 凡夫(ぼんぷ)気質 次元界の合体と還元 見かけと流転の関係 自己の生まれたことの探索 ほか

第二章 自己を感知する法
本当の自己を探す 心の平安 心を丈夫にする 睡眠時間を考える 忍耐是宝(ひんたいぜほう) 心の老い 超然とした態度 運・鈍・根 外の敵より内の敵 内に秘められたもの 不増不滅不生不滅の宇宙原理 三宝とは 日々是好日 無の哲学 (ふう)を読み、風を知る 行く雲の如く 心の自動調節 心を自在に使いこなす術 自分の心に描いたことは成就する 機に触れる 発想の転換 <天界の火を盗んだ巨人プロメテウス 二元論の呪縛(じゅばく)から解放 運の使い方 心像化現象の法則 好転イメージ力 恐れるものは皆来たるの法則 想念の歪(ひず)み 自己の裡側(うちがわ)を見詰める ほか


金銭哲学と金運考
第一章 金銭
金銭と人生 不運を幸運に切り替えうる発想 一億総借金漬けの現実を知ろう 金銭と言う不思議な生きもの 金銭は再び循環して、もとのある場所に戻って来る 時は金なりと言うが、その本当の意味は 貧困について

第二章 金運
潜在意識で金儲けが出来るという大ウソ 金運に関する書籍について 正常な金銭感覚を持つ 中産階級がラットレースに嵌るメカニズム 物と言う生命体 借りた物は必ず返すと言う法則 人生には、苦あれば楽ある法則が働く

第三章 金と云う生き物の呼び方
生への創造 本当に働くとは、どう云うことか 小人閑居して不善を為す 精を出す 個人情報ネットワークの影に 貧乏への自覚こそ、金持ちの第一歩 理財を貯える才


因縁消滅論
第一章 災いの持ち越し
意地と云う因縁の持ち越し 嘘をつかないという嘘 嘘の構造 天海の超呪術秘法 断末魔の因縁 悲号啼泣嗚咽(ひごう‐ていきゅう‐おえつ)の因縁 因果報応の原理 現代の善悪二元観 宇宙意識に至る 魂は誇り高く向上し続けなければならない 魂、その昇華(進化)の目的 人生の主人公は誰か 人の生き方は大自然に学ぶ 無手勝流の生き方 人為から無我の境地へ 心の御し方 赤とんぼと夕日の在る風景

第二章 運気と食物の関係
志しを掲げる 絶対愛の愛する想念 人間本来、無一物 悪眼瞻視(あくげん‐せんし) 魂の上昇と昇華 好機が到来している羽音を聞くために 神霊界と幽界の羽音の違い 身魂同体の境地 輪廻の輪 日本古来からの食餌法は穀類菜食主義であった 穀類菜食は半霊半身体の身魂同体の境地に導く 霊的食養道『一二三(ひふみ)の食餌法』 物質文明を形成するもの 人が人を裁く愚かさ 暑さ寒さに強い身体 人間に向いている運動と向いていないスポーツ

第三章 今日一日の枠の中で
飢えとは 人類に第二の外圧が訪れる 老化現象と食禄 布施行の大事 教財のすすめ 現代人を襲う邪気や外邪 愛別離苦 悪因縁を解消する方法 心の健康 借りは必ず返えさなければならない ギャンブル時代への警鐘 28対72の黄金率 無垢な魂が冒されている 愛とは何か 智門蓮華(ちもん‐れんげ) 人の役割 人生はハウ・ツー理論で解決しない どう生きたらよいか 今を満足する


運命転換術
人の運命は転換出来るか 人生の貸借対照表

会報バックナンバー
 近年までの“志友会報”“大東新報”のバックナンバーを紹介している。以後随時、発刊当時からの会報バックナンバーに遡(さかのぼ)り、随時掲載し紹介する予定。
 現在、バックナンバーを掲載しているのは“志友会報”が、平成15年10月号から平成18年3月号まで。
 “大東新報”平成16年4月号から平成18年3月号まで。
人は生まれ、そして死んで行く。
 この闇
(やみ)の光の空間の中に、何を求め生きていこうとするのか。

 この命題に対し、生命の根源の謎があるように思われる。

 人は、人生という「道」を歩む。しかし、その道は余りにも苦難が多い。人生は、まさに「苦」である。だが、人はこの「苦難」に直面する事によって、智者となっていく。

私たち人間は、見せ掛けの幸福を求めて、一生を迷い、彷徨(さまよ)っている。柵(しがらみ)に絡め捕られ、分けの分からない重荷を背負っている。

 捨てれば楽になるのだが、物の固執して、それを中々捨てようとしない。こうした物に絡め捕られる人生の中に真の幸福はない。

枯れ葉を、海まで運んだ谷川の水は、やがて蒸発して、上空に雲海をつくる。

 そして、それが雨に姿を変え、また、いつの日か、元の谷川の水に戻って来る。万物は循環の中で、流転している。

(おだ)やかに、にこやかに、奢(おご)らず、悲観せず、それでいて凛とし、毅然(きぜん)として、「今日一日」を一生懸命に生きると、きっと明日は、また、穩やかな一日が訪れるのである。

「瑞穂(みずほ)の国」の象徴は、まさに「米」であった。瑞穂のみのる国。それはまさに日本の美の象徴であった。
 そして稲穂を祀る、日本には、そうした大自然への感謝があった。

静けさの中に静寂があった。心の安住があった。心の安らぐ空間があった。

 そして人の心は、そうした佇(たたずま)いに帰属する事を好む。
 心に安定は、心を鍛練することかた始まる。

人間の抱える病気・病根は、花や葉のように、数多くの様々な形や姿を顕わすが、その根は、どれもこれも、感情の乱れ、気疲れによる疲労、体力の衰え、体質の悪さからだった。
 体力があっても体質を悪くすれば病む。

 心を病む人が、自らで病気を作り出し、やがて病気により、殺されていく。こうした心の在り方を正しく軌道修正すれば、人生は健康で、朗らかで、生き生きと生きられるのである。



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