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菜根譚・前集 1


菜根譚・前集 教訓の人生哲学





 人生は短い。長いようで短い。
 時の流れは、瞬
(またた)く間に人間を変化させてしまう。ふと、わが人生を振り返る時、つい先ほど学校をでたばかりだと思っていた自分が、いつのまにか、初老の声を聞く40歳になっているとか、50歳の五十路(いそじ)を越え、もう人生の折り返し点に到達したのかと、いやでも人生の短さを意識させられる。

 況
(ま)して、60歳を過ぎ、70歳の坂に差し掛かるようになると、それは痛切に堪(こた)えてくる。そして「自分は何をいままでして来たのか」と振り返る時、何の為(な)す所もなく、徒(いたず)らに、一生を終えてしまうと云うことすら珍しくない。

 人間に与えられた折角の人生であるからこそ、ここは一先ず、短い人生をどう生きたらいいか、考え直してみるべきであろう。その考えに浸る時、『菜根譚』は賢明な示唆を与えてくれる書物なのだ。
 この書は、繰り返し読んでも決して飽きない名著である。

 これを読むと、40代で読んだ時と50代で読んだ時の感想や感じ方は異なり、また60代と70代の時もその感じ方は異なる。何とも不思議な書である。
 そして年齢に関係無く、幾つになっても「愛読書」として繰り返し読めるから、況してその楽しみは、また読めば読むほど味のある「風流の書」になる得るのである。



はじめに

 人生にはある種の法則がある。「運」と言うものが働いている。
 成功者の足跡を見ると、単に時代の順風満帆
(じゅんぷう‐まんぱん)に押し上げられて、成功への道を辿ったのでもないし、その足跡の背後には、苦労しながら、悶絶(もんぜつ)した跡を読み取ることができる。
 成功者の誰一人として、出世街道を登り詰めたことがないことが分かる。彼等は一旦、ドン底に落ちた者が多い。しかし、そこから見事に這
(は)い上がっている。長い間、多くの下積み経験もしている。しかし下積みの儘(まま)で朽(く)ち果てることはなかった。ドン底から這い上がった。

 人生には上れば落ち、落ちれば上る人生の不思議がある。人間の有史以来の栄枯盛衰
(えいこ‐せいすい)の法則に、それが代表されている。その背景には、確かに運命の“運の陰陽”が働いている。「運」というものが、確かに存在している。人間はそれに左右される。

 人間は、「運」に支配される生き物である。
 支配者も被支配者も、この栄枯盛衰の法則に支配され、時間に支配され、空間に支配され、変化に支配され、一気に最高権力者として登り詰め、富と権力を独占した人間ですらも、やがては歴史の中に葬
(ほうむり)り去り埋もれさせてしまう。自然の摂理は寔(まこと)に不思議なものである。
 つまり人は、誰もが「運命の陰陽」に支配されている。そこにこそ、人間が経験する人生での不思議さと、同時に、非情さがある。残忍さがある。虚しさがある。人生には無慈悲な一面が存在する。

黄昏時(たそがれ‐どき)の夕陽は、何となく憂国を思わせる暗示がある。それは亡国と紙一重であるからだ。
 唐代末期の詩人の李商隠
(り‐しょういん)の名詩に『楽遊原(らくゆうげん)』というのがある。
 これによれば、「晩
(くれ)に何(なんな)んとして意適(こころかな)わず、車を駆(け)って古原(こげん)に登る。夕陽(せきおう)限りなく好(よ)し、唯是(ただこれ黄昏(こうこん)に近し」と詠(うた)っている。

 つまり、「夕方になると何となく心が落ち着かず、馬車を走らせて楽遊原に登ってみた。夕陽は限り無く美しいが、もう黄昏
(たそがれ)がそこまで迫って来ているではないか」という意味の詩である。
 この詩はまさに的中であった。
 この詩の中には世情の不安を詠い、亡国を思わせる暗示があったのである。唐は、李商隠が詠ったこの詩から、僅
(わず)か五十年で滅亡している。

 さて、歴史を振り返れば、「世直し」の度に、あるいは革命の度に不思議な方術である“三元式遁甲”が浮上して来る。
 唐帝国が滅亡する時も、三元式遁甲が遣われ、この戦法の猛威に、太平の世に慣
(な)れきった政府軍は、軽挙妄動(けいきょ‐もうどう)に陥り、敵の煽(あお)りにまんまと嵌った。敵の巧妙な撹乱策(かくらん‐さく)に逃げ惑い、これを裏で操る北方系の支配者の影が、既に喉元まで迫って来ていたのである。
 この歴史を振り返った時、今日の日本も、どこかそれに似ては居ないだろうか。

 人間、如何に気取って見ても、その中身は所詮(しょせん)『糞袋(くそぶくろ)』である。
 このことは江戸時代前期の三河
(愛知県)の禅僧・鈴木正三すすき‐しょうさん/著に『盲安杖』『二人比丘尼』『驢鞍橋(ろあんきよう)』『破吉利支丹』などがある。1579〜1655)がはっきりと明記している。鈴木正三は幕臣の出でありながら、後に出家して、正三(しようさん)と名乗り、武士道精神を加味した一流の禅を唱え、これを「二王禅」と名付けた人物である。また、仮名草子の作者として知られている。
 美男も美女も、醜男
(ぶおとこ)も醜女(しこめ)も、現世においては、「浄穢不二(じょうえ‐ふじ)」の糞袋である。

 人間が、食べ物を口に含みその経過の中で、排泄して行く過程は、まさに糞袋の状態である。結局、内臓を働きを総括すれば、所詮
(しょせん)糞袋に他ならない。その糞袋が、顔貌(かお‐かたち)や容姿を論(あげつ)らって、醜美だの、経済力を論らって貧富だの、あるいは生まれや家柄を論らって貴賤(きせん)だのといっている。
 表皮を美しく飾り立ててみても、中身の実体は殆ど変らないのである。糞袋が、糞袋に揶揄
(やゆ)し、糞が糞を笑っているのである。これを正三は、「人間は所詮(しょせん)糞袋」と一喝(いっかつ)したのである。

 正三は死に際して、こう言い切っている。
 「この糞袋を何とも思わず打ち捨つることなり。これを仕習うより別の仏法を知らず」と、澄
(すみ)みきったことを云って、見事な死に態(ざま)を見せた禅僧だったが、まさにその通りであり、高級衣服や装飾品で小綺麗(こぎれい)に装い、悪臭を隠す為に高価な香水を振りかけたところで、所詮(しょせん)そのひと皮剥(む)いた裡側(うちがわ)には、まさに浄・不浄が一体になった糞袋である。その裡側までを凝視することが出来れば、禅で云う『大悟』なのである。

 表皮に振り回されるのは「迷い」である。肉の眼に惑わされることである。人間は普段、この迷いに誑
(たぶら)かされ、真理を見据えてないのである。表皮だけを見て、それを人生の判断材料に遣(つか)っているのである。故に迷いを去って真理を悟ることのできる人は少ない。

 人間の実体は、宇宙と同じ様な「陰陽」に代表され、そして、物事に“建前”と“本音”があるように、心にも「裏」と「表」、「光」と「影」がある。運命の明暗も、ここに存在する。
 したがって肉体も精神も、“浄”と“不浄”が表裏一体の正・不正混合から構築された構造をもっており、人はこように、表裏背中合わせの一枚岩から出来た二重構造をしている媒体であると言えよう。そしてこの媒体こそ、矛盾する生き物なのだ。
 またこの矛盾する生き物が形成する世の中も、“清濁
(せいだく)(あわ)せ飲む構造”になっている。

 だが、この実体に気付いている人は稀
(まれ)である。世間風の俗世に流されているいる人は、物事の表だけを見て、決して裏を見ない。表面だけに価値観を見い出し、裏側を見抜くことが出来ないし、また不得意である。凡夫(ぼんぷ)に見識眼が無い故の悲しさである。
 しかし、ある時、ふと、物事に裏があり、裏の実体を何かのはずみで垣間見ることが出来れば、それによって裏を見抜き、その裡側
(うちがわ)が見抜ければ、人間の実体が朧(おぼろ)げながらに浮かび上がってくる。

 人間、歳
(とし)にはかなわない。
 肉体が躍動
(やくどう)し、溢れんばかりの若さがはじける時は、ほんの一瞬に過ぎない。やがては冬の岩場に、立ち枯れる、無慙(むざん)な枯れ木になってしまうのだ。
 だから多くの若者は、青春の謳歌
(おうか)に任(まか)せて羽目を外し、自らが糞袋であることに気付かない。美しい一面しか検(み)ることをしない、まさに「恋の感覚」でそれを見ている。

 時が流転していることすら気付かないのだ。青春の楽しい部分だけを、一時の慰安に酔い痴
(し)れて、快楽や快感だけをクローズアップして、十年後、二十年後、三十年後の自分の老臭の姿が想像できない。もし悲劇があるとするならば、青年期の絶頂時期に、これに気付かないことではあるまいか。
 “夏場のキリギリス”では、人生の全体像は見えないのである。

 栄枯盛衰は人の世の常である。そこに諸行無常
(しょぎょう‐むじょう)があり、時節因縁(じせつ‐いんねん)に隨(したが)ってしか、生きれない、“生きとし生けるもの”の果敢(はか)なさがある。
 それは歴史が証明している。
 いかなる王朝も国家も民族も、その栄枯盛衰は、全てこの中に集約されている。
 千変万化を繰り返す現世に、実体など有りえよう筈
(はず)がないのである。人間も、宇宙の一部である限り、それと同じだ。

 人の一生は、生・老・病・死の四期を巡って、やがては朽
(く)ち果てる。此処にこの世が、「夢である」という現実があるのだ。
 見るもの、触るもの、味あうもの、匂うもの、聴くもの、観
(かん)じるものは、全て実体の無い「幻(まぼろし)」である。また、かつて魅(み)せられたものも、総(すべ)て「幻」であった。
 これは一年前、五年前、十年前の出来事が再び戻ってこないように、一秒後の一秒前は、決して戻ることが無いのだ。過ぎ去りし日は、確実に失われるのだ。物事の一切は常に変化し、生滅・変化して常住でないはないのだ。
 その無常と、現世の生き方が、貴重な教訓として『菜根譚
さいこんたん/前集には仕官・保身の道を説き、後集には致仕後における山林閑居の楽しみを説く)』には記されている。それはまた風流の記録でもある。

 『菜根譚』は、中国明の万歴年間、洪自誠
こう‐じせい/明末の儒者洪応明で、字は自誠。儒教の思想を本系とし、老荘・禅学の説を交えた処世哲学書の著者。1573〜1619)によって記された随筆集である。
 この書物の不思議なところは、これを読む人物が、同一人物であっても、その時代時代と、本人の置かれている立場と、その心境によって、各々に異なり、違った感覚で心を惹き付けるというものである。

 この書を読むとき、ある人は「世渡りの書」と感じる人もあろうし、またある人は「禁欲の書」と受け取る人もあろう。あるいは「悟りの書」と取る人もあろう。
 それは丁度、四季折々の同一の山を鑑賞しても、季節とその角度で各々、その感じかたが異なるということに似ている。
 そしてこの書物には、現代の日本人が忘れ去ってしまったような、人としての生き方が、洪自誠自身の体験として記されている。

美食に転ばず、「ほどほど」にしておけば、五体を傷(いた)めることはあるまい。しかし、美食を追い掛ける食生活に狂うと、忽(たちま)ちのうちに病気が追いかけて来る。

 「口当たりのよい珍味は、これを過ごせば胃腸を損ない、五体を傷つける毒薬になる。美食に溺(おぼ)れること無く、『程々(ほどほど)』で止めておけば害はあるまい。心を喜ばす楽しみ事は、これに耽(ふけ)れば身を誤り、人格を傷つける原因になる。楽しさに溺れること無く、『程々』で手を引けば、後悔することもあるまい」

 今、日本人に必要な心構えは、『程々』である。「ほどほど」に満足する心である。物質的欲望を剥
(む)き出しにする、拡張拡散主義は身を滅ぼす元凶である。頃合いで止めるのが身を保つ処世なのである。

 『菜根譚』は云う。
 「増やす」ことではなく、「減らす」ことを考えよ、そして「捨てる」ことをと!……。
 我々の日常生活も、この延長上にあると考えていい。したがって老後に備えて「増やす」ことではなく、「減らす」ことを真剣に考えることが、将来の自分自身の「生き態
(ざま)」を決定するといっても過言ではない。欲を捨て、無私になり無我となり、無欲に徹することである。金品は結局あの世まで持って行かれないからだ。

 「捨てる」ことを考えてこそ、新たな命の生まれ変わりがある。捨てる中にこそ、この世の真理があるのである。
 そして更に云う。
 「一点の素心
そしん/生のおもい。かねての心)」を貫けと!……。

 洪自誠が、一体何者であったかは、まだ明らかになっていないが、恐らく明の末期頃、花鳥風月を愛し、風流を解する才能をもって、隠遁
(いんとん)生活をしていた人と思われる。
 その彼の生き態
(ざま)は、賢者であるにもかかわらず、何処にも自分を君子に見せ掛けたり、あるいは口達者な理論を振り回して、他人を攻撃したり、上辺(うわべ)だけの体裁を整えて、見かけ倒しの虚構を飾った人ではなかったことが、その書物の中から窺(うかが)える。

 富や権力、名誉や地位、利益や物財、我欲や色欲には目もくれず、花鳥風月の風情
(ふぜい)を眺(なが)めては、詩を口ずさみ、あるいは俗世間を超越するような次元に至って、孤高に身を置き、俗事に流されなかった人物ではないかと思われている。
 そこには俗人が悟りえない自然流の生き態と、気宇壮大
(きう‐そうだい)なロマンが広がっているのである。

 洪自誠の、その悟りの程度は、如何ほどのものか窺
(うかが)い知ることは出来ないが、『菜根譚』に書かれている言葉は、決して口先三寸から吐き出されたものではない。
 彼の人生を嘗
(な)め尽くした苦渋(くじゅう)の生き態(ざま)は、その儘(まま)、全ての世人に通じるものがあり、自覚と戒(いまし)めを与える肝要(かんよう)なものばかりである。
 広大な天地大自然の間に起居して、自然とともに、素の移り変わりの風流を楽しむ。洪自誠の悠々自適
(ゆうゆう‐じてき)たる心中を窺(うかが)い知ることが出来る。
 つまり、ロマンであり風懐であろうか。

淡々と、飄々と、執着のない態(さま)こそ、清々しく人生を駆け抜ける人生道の秘訣なのである。

 彼は世俗の功名に見向きもせず、これを塵芥(ちりあくた)のように無用としているのは、その見識の高遠さを知ることができ、『菜根譚』は著者自身が耳に聴いたことを単に軽薄(けいはく)に述べたものではない。
 洪自誠が譚
たん/はなし)を「菜根」と名付けたのは、恐らく人間形成の修練の場から、彼自身が学びとり勉励した足跡であり、清廉(せいれん)な生活の中から磨き出した、世俗の戒めの気持ちを綴(つづ)ったことに由来しているらしい。人生の荒波にもみくちゃにされ、激しい波風を受けてきたことが、その戒めの中から具(つぶさ)に見て取れる。

 そしてその兼修
(けんしゅう)の中枢を為(な)したものは、儒教、仏教、道教の三教であり、これを人生の哲理の中に簡潔な文章で綴(つづ)っている。
 洪自誠自身が苦渋を嘗
(な)めた末に辿り着いた境地は、肉体的な享楽の世界ではなかった。既に肉体を超越した“心の次元”のものであった。

 彼はこのように言っている。
 「天が、吾
(われ)に、わが肉体を苦しめるようにするならば、吾は、わが精神を安楽にして肉体の苦しみを補うようにする。天が、吾に、わが境遇を行き詰まらせるようにしむけるならば、吾は、わが道を高尚にして貫き通すことにする」

 洪自誠はどこまでも自らを励まし、勉励を続けた人であった。そして戒め重んじて慎
(つつし)むことを知っていた。そのに、彼の清々しさを観(かん)じ、爽(さわ)やかな清流の中に自らの魂を洗わんとする仕種(しぐさ)が見て取れるのである。
 この人はきっと、捨てるべき物財を総
(すべ)て捨ててしまって、身辺が簡素に片付いた、涼(すず)やかな人であったのだろう。

 こうして現代人の感性と、洪自誠の生きたことの時代を比較すると、そこには現代人の困難を恐れる実体が浮き彫りになって来る。
 現代人は、難行苦行を嫌う。
 誰もが、「寄らば大樹の蔭」を決め込む。苦難は恐れて憚
(はばか)らない。誰もが、信頼し、信奉する相手を選ぶならば、力のある者がよいと思うのだ。そして、現代という時代を見据えた場合、そこには、はっきりとした苦難を恐れる現実がある。

 中でも、老いることを恐れ、病気や災難、貧苦や外的醜さを嫌う実情が横たわっている。表皮だけは飾り立てようとする。しかし、幾ら表皮を美しい物質で飾り立ててみても、心の中まで美しく飾り立てる事は出来ない。心は輝かない。これでは心は廃
(すた)れるばかりであり、心は萎縮(いしゅく)する。萎縮した心で、「懐(ふところ)に抱く玉(ぎょく)」など持ちようがない。貧相な心では、玉など、抱きようがない。
 本来人間は、老若男女を問わず、誰もが「懐に抱く玉」を持っている。大なり小なりの志を掲げ、「夢」を抱いている。

 ところが、夢
を抱いたことが実際には幻想であることが少なくない。
 何故なら、現代は混迷の時代だとか、閉塞の時代だと言われているからである。
 戦後の日本は、単に経済一辺倒で走ってきた。その結果、世界でも類を見ない経済発展を成し遂げた。個人の生活水準もそれになり高く、物質的には誰もが豊かになった。
 だが、その反面失ったものも多い。
 経済成長と言う一局面だけを追い求めれば、当然それに対して反作用を喰らうことになる。また、この反作用の中には、物質面が突出すれば、精神面が失われ、心に余裕が生まれないことである。

 心に余裕がないから、他人への思い遣りも失われ、自分だけ良ければ、自分の家族とその周囲だけが良ければとなる。人間関係もぎくしゃくした面が顕われてくる。
 一言で“潤い”などというが、物質面だけが突出した社会では、確かに豊かで便利で快適ではあるが、それは永遠ではなく、むしろ経済成長を延々にし続けなければならないことが、何故か息苦しい社会を作り出している。

 人生の課題は、物質的に成長し続けることではなかった。どう生きるかが問題であった。
 しかし、現代人はこの事に対して解決できただろうか。むしろ昔の人の方が精神的には延び延びとして躍動感があった。ところが、昨今はそうしたものがすっかり鳴りをひそめたように見える。

 現代人は人間らしく、生活を営んでいるとは、それは主に物質的な享受の面だけである。物質的な恩恵は誰もが同じように与えられ、その中で奇
(く)しくも平均寿命だけを伸ばし続けている。
 その側面に、日本では貧弱な社会保障しか出来ないと非難する人がいる。これも現実だろう。
 人間は誰しも生・老・病・死の四期を辿る。

 また老いは、病と共棲の老後である場合が少なくない。仕事を引退し、年金生活に入り、緊張した精神活動がなくなると、この時点で肉体は急速に衰え始まる。精神状態も不安定になり、そこから急速に死に向かって突っ走る。
 したがって、老人のも働く場があって、また老いても学問をする場があるのが好ましいのであって、仕事を持っていること、働くこと、学ぶことを通じて、脳に一定の刺戟を与え、脳の作用を低下させず、そうした状態による長寿が好ましいのである。

 年金を与えられる65歳を過ぎてから、生活を維持するために、再び老人は働くと言うのは、一見老人を虐待しているように映るが、事実が逆である。
 老いても、生き甲斐が必要なのである。精神生活を営む心の糧
(かて)が必要なのである。

 人間は生まれながらに筆舌に尽くせない複雑さを持ち、その根底には「矛盾」というものを抱えている。矛盾を抱えた生き物が人間なのである。
 そして時代とともに生き方も働き方も、また学び方も変化して行く。
 例えば、十九世紀から二十世紀に懸けて「これでよし」とされたことが、二十一世紀になって、そぐわない状態になった。
 世の中の全員に誰にでも職場を保障し、誰もが平等な扱いを受けねばならない「制度」が、実は現代社会では不適当と言うものなってきているのである。

 現代の企業戦士達は、烈しい生存競争に晒され、片時も気が抜けず、多忙を極めて自己評価を高めなければ職場を失い、ひいては生活までもが維持できないという厳しい現実に直面している。
 これはこれで、人間に本気さを促して働くことに叱咤する構造になっているが、しかし、それだけに、人間に人情味を失わせる側面も作り出した。熾烈な椅子取りゲームである。

 人情と引き換えにして、現実社会の適当なる失業率は、職場に烈しい競争状態を作り出し、過酷なる緊張を作り出した反面、一方で、社会福祉などの、万民に平等という生活保障が時代遅れのものとなり、生活給付金は年々削られている実情を作り出している。そして緊張と多忙ばかりが激しさを増している。
 こうなると、潤いはすっかり消え失せ、真の人生を見詰める機会すら奪っていると言えるのである。

 人はなぜ生きるのか。
 この点をもう一度、振り返ってみたい。
 人生を見直す上で、この上もない助言を与えているのが『菜根譚』である。
 この書は決して青臭い書生論で書かれていない。何とも老獪
(ろうかい)極まるしたたかさで身の処し方が記されているのである。厳しい現実の中で、いま苦闘している人に適切な助言を与え、不遇に苦しんでいる人に慰めと激励を与えてくれる書である。



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